相続放棄が認められない事例〜相続放棄が認められるためのポイント

相続放棄が認められない事例〜相続放棄が認められるためのポイント

相続放棄(被相続人の権利及び義務を相続人が受け継がないこと)が認められないのは以下の3つのパターンです。

単純承認が成立した場合
熟慮期間を経過した場合
提出書類に不備がある場合

このうち、「単純承認が成立した場合」とは、色々なケースが存在します。

そこで今回は、

単純承認が成立するケース【事例付き】
相続放棄が認められないと勘違いしやすいケース
相続放棄が認められない場合の対処法

などについてご紹介します。

1、相続放棄が認められない事例|単純承認が成立する場合

(1)そもそも単純承認とは

単純承認とは無限定に被相続人の全ての権利義務を承継することです。

プラスの財産もマイナスの財産も相続します。

単純承認をした場合には、相続放棄することはできません(民法920条)。

民法は、相続人が次のような行為をした場合には、単純承認をしたものとみなすという規定を置いています。

相続財産の全部又は一部を処分した場合(民法921条1号)

ただし、現状を変更しない「保存行為」の場合には、単純承認にはあたりません(民法921条1号但し書き)。

期間内に相続放棄や限定承認をしなかった場合(民法921条2号)
相続財産を隠したり、消費した場合(民法921条3号)

以下で単純承認が成立したために相続放棄が認められない具体的事例を確認していきましょう。

不動産や車の名義を変更した
遺産分割協議に参加した
預貯金を解約した・払い戻した
株式の議決権(株主総会に参加して投票する権利)を行使した
相続財産を隠した
家の改築などを行った

(2)不動産や車の名義を変更した

亡くなった方(被相続人といいます)名義の

不動産

の名義を相続人の名義に変更することは、それらの不動産や車を相続人のものにすることを明らかにし、かつ、不動産や車の現状を変更するものといえます。

したがって、不動産や車の名義を変更することは、相続財産を「処分」したものとして、単純承認にあたります。

(3)遺産分割協議に参加した

遺産分割協議(相続財産の分割方法を相続人が話し合って決めること)に参加し、被相続人の財産を譲り受け、あるいは、自分以外の相続人に相続財産を承継させることは、自ら相続人であることを前提とするものといえます。

したがって、遺産分割協議に参加し、被相続人の財産を譲り受け、あるいは、自分以外の相続人に相続財産を承継させた場合には、相続財産を「処分」したものとして、単純承認をしたものとみなされます。

また、遺産分割協議において相続分を放棄することと、家庭裁判所において相続放棄すること(本記事で取り扱っているテーマ)は異なる手続きです。

(4)預貯金を解約した・払い戻した

被相続人名義の預貯金を解約し、払い戻すことは、自ら相続人となることを前提とするものといえます。

また、預貯金を解約し、払い戻す行為は、預貯金の現状を変更する行為です。

したがって、相続財産の処分に当たりますので、単純承認したものとみなされます。

ただし、預貯金の引き出しをしただけで、必ずしも相続を承認したとみなされるわけではありません。その後の使途により、単純承認とはみなされず、その後に相続放棄できる可能性があります。こちらの点については「4、その他相続放棄が認められないと誤解されやすいケース」にて詳しくご紹介します。

(5)株式の議決権を行使した

被相続人が保有していた株式について、議決権を行使することは、株式を自ら相続したことを前提とするものといえます。

したがって、単純承認したものとみなされます。

議決権を行使するよう迫られた場合も、慌てて行使することはせず、落ち着いて相続放棄の手続きを進めましょう。

(6)相続財産を隠した

被相続人が有していた財産を隠したり、持ち去ったりすることは、相続財産を「隠匿」したものとして、単純承認したものとみなされます。

たとえば、被相続人が有していた

高価な宝石類
家具

などを持ち去ることは、相続財産を「隠匿」したとして、単純承認したものとみなされる可能性が高いと言えます。

(7)家の改築などを行った

被相続人名義の自宅不動産などを改築することは、自らその不動産を相続することを前提とする行為といえます。

また、自宅不動産の現状を変更する行為ともいえます。

したがって、原則、相続財産を「処分」したものとして、単純承認したものとみなされます。

ただし、自宅不動産が壊れており、修繕しなければ価値が失われるという場合に、必要な限度で補修することは、自宅不動産の価値を保存する行為(保存行為)として、単純承認には該当しないと考えられる場合もあります(921条1号但書)。

また、以下の行為も保存行為にあたると考えられます。

故人の飼育していたペットの世話
故人の食品の処分(腐敗等を防ぐため)

2、相続放棄が認められなかった裁判例3選

以下で相続放棄が認められなかった判例についても確認しておきましょう。

被相続人が有していた債権を取り立てたケース(最判6.21)
被相続人の主要な財産を形見分けしたケース(松山簡判4.25)
贈与を受けた財産の登記名義を変更したケース(東京地判8.24)

(1)被相続人が有していた債権を取り立てたケース(最判S37.6.21)

このケースでは、亡くなった妻が営んでいた事業の売掛金(先に商品を渡して、その後に回収する予定のお金)を、相続人である夫が取り立てて回収したことが、相続財産の「処分」にあたり、単純承認となるかが問題となりました。

最高裁は、結論として、売掛金を取り立てて、これを債務者から受け取る行為は相続財産の「処分」にあたるとしました。

裁判所は、債務者に対して、売掛金などの債権の支払いを求める行為を当該債権の処分として考えていると言えます。

そのため、相続放棄を考えている場合には、被相続人の相続財産として存在する債権を行使して債務者に請求することはしないようにしましょう。

(2)被相続人の主要な財産を形見分けしたケース(松山簡判S52.4.25)

このケースでは、相続人が、被相続人が持っていた財産を「形見分け」(故人のアクセサリーなどを法定相続人が持ち帰ったり、知人に分けたりすること)したことが、相続財産の「処分」にあたり、単純承認となるかが問題となりました。

裁判所は、無価値な財産を「形見分け」することは「処分」にはあたらないものの、一定の価値があり、被相続人の主要な財産といえるものを「形見分け」することは「処分」にあたるとしました。

「形見分け」は、一般に行われることですが、「形見分け」をする財産の内容によっては、相続財産の「処分」にあたり、単純承認となってしまうこともあるため、注意が必要です。

形見分けが単純承認とならない例については後段「4、その他相続放棄が認められないと誤解されやすいケース―(4)」にてご紹介します。

(3)贈与を受けた財産の登記名義を変更したケース(東京地判H26.3.25)

これは、被相続人が生前に不動産の贈与契約を締結していたものの所有権移転登記(名義変更)※1をしていなかったというケースについて、相続開始後(被相続人の死後)、被相続人の法定相続人である配偶者と子が義務者として所有権移転登記の申請を行い、その後に相続放棄の申述を行ったというケースです。

このケースについて、裁判所は、法定相続人として所有権移転登記の申請を行った行為は、被相続人が行った生前処分の履行として相続財産の「処分」に該当し、単純承認が成立するので、相続放棄は無効であると判断しました。

他方、限定承認の事案ではありますが、被相続人が生前に法定相続人以外への死因贈与を原因とする不動産の仮登記をしていたケースで、法定相続人が相続開始後(被相続人の死後)にこれの本登記手続きをすることは相続財産の「処分」にはあたらず、単純承認とならないため、限定承認は有効であるという裁判例があります(東京地判H7.12.25)。

先行する東京地判H7.12.25では仮登記がされており、これを本登記にしたとしても、被相続人の債権者を害するものでなかったのに対し、東京地判H26.3.25では、不動産の所有権移転登記を行うと、被相続人の債権者が相続人に劣後することになり、被相続人の債権者を害することになるという点が、先行する裁判例とは異なる判断となった理由と考えられます。

※1:不動産登記とは、土地や建物などの不動産の権利関係を公の帳簿に記載する手続きです。登記について詳しく知りたい方は以下の関連記事をご覧ください。

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