年齢を重ねるにつれ、「動脈硬化」という言葉を聞いたり目にする機会が増えたという人は多いのではないだろうか。動脈硬化は、最初は自覚症状が現れないため気づきにくい病気だが、進行すると重篤な病にいたることもあるのだそう。そこで、動脈硬化が進行するリスクや、健やかな血管を保つにはどうしたらいいのかなどについて、自治医科大学の臨床薬理学部門・循環器内科部門教授で、(一社)スマートウエルネスコミュニティ協議会の動脈硬化予防啓発分科会・副座長も務める今井靖先生に話を伺った。
「スマートウエルネスコミュニティ協議会」(SWC協議会)とは?
健康長寿社会をつくるという大目標のもと産官学の幅広い叡智を集め、健康づくりに無関心な層の半減などに取り組んでいる団体。SWC協議会が運営するWEBサイト「血管健康くらぶ」では、動脈硬化予防への正しい理解と行動変容を促すことを目的に情報を発信しており、気軽に取り組める生活習慣改善ノウハウや、動画やQ&Aなどを通して予防のポイントなどがわかりやく解説されている。
■動脈硬化とそのリスクとは?
――まずは、私たちの身体で血管が果たしている役割を教えてください。
【今井】血管には動脈と静脈があり、主に酸素や栄養を運ぶ役割をしています。血管が送る血液の(心臓の動脈から流れていき、静脈から心臓に戻ってくる)量は、安静時で1分間に約5リットル、全力で運動した場合はだいたい10~15リットルになります。
また、血管は私たちの身体の隅々まで行き届いています。実は手足に向かう血管は指、足先まで複数の血管が通っており、もし1本の血管の血流が障害されても、それ以外の血管を通して血流が届くようになっています。しかし、頭や心臓の血管は、それぞれの場所に届く血管が1本しかないため(慢性的に血流が悪いときには回り道ができたりしますが)、その血管が狭くなったり、詰まったりすると脳や心臓に大きなダメージを与えることになるのです。
ちなみに、昆虫やエビなどの生き物は心臓は持っていますが、脊椎動物のような血管がありません。人間を含む脊椎動物は進化の過程のなかで、効率的に栄養と酸素を運ぶために血管を構築してきたのですね。この血管によって我々は生かされている、といっても過言ではありません。
――血管については、よく「動脈硬化」という言葉を聞きますが、そもそも動脈硬化とはどういう状態なのでしょうか?
【今井】動脈硬化とは、動脈が硬くなるということと、もうひとつ、血管に脂が溜まってきて血管が狭くなるという両方の意味があります。若い方の血管は柔軟性に富み、必要があれば血管が拡がってくれるし、必要がなければ縮んでくれます。
そういう調整ができる状態では、血圧は高くなりません。しかし、たとえばゴムのように柔らかかった血管が鉄パイプのように硬くなると、流れる血液の量が増えた場合に圧力を逃がすことができないので「高血圧」になります。圧力が高くなると、血管の壁が脆弱な細い血管に力がかかり、ときに破綻します。たとえば、脳の血管は比較的太い血管から細い血管が垂直に分岐します。そのような血管に圧力がかかると、その細い血管が破綻し脳出血を来すことがあるのです。
――「脂が溜まってきて血管が狭くなる」というお話がありましたが、具体的にはどういう状態になるのでしょうか?
【今井】血管にコレステロール(脂)が付いてそこで細胞が増え、その細胞がまたコレステロールを食べて蓄積し、さらにカルシウムが付いたりして血管が狭くなっていきます。血管に付いた、それらが混然一体となった組織を「プラーク」と呼びます。血管はある程度の太さがあれば、最初はプラークが溜まっても血管自体を太く(拡張)するので流れる通り道は狭くならないのですが、だんだん限度を超えてくると狭くなってきます。血管の太さが直径の半分以下くらいに狭くなると、血液の流れに障害を与え、十分に血液を送り出せない状態になります。また、プラークにより血管が狭くなることで、そこが血の塊でふさがり、血管が詰まってしまうこともあります。それで引き起こされるのが、脳梗塞や心筋梗塞です。
心臓には3ミリくらいの血管(冠動脈)が3本あり、その血管が狭くなったところに血の塊でふさがり血管が詰まってしまったりすることで、心筋梗塞になります。動脈硬化によって引き起こされる病気としては脳梗塞と心筋梗塞が最も怖い病気で、それらをいかに防ぐかが大切になってきます。
――血管が狭くなるケースは、プラークが原因となる場合だけなのですか?
【今井】心臓の血管では、普段は流れているけれど、あるときに血管が縮まることもあります。心臓の血管は内側から内膜、中膜、外膜という3層構造になっています。一番内側の内膜が血管を広げる物質を出しているのですが、糖尿病や喫煙、高血圧などが刺激となりこの内膜の細胞が障害を受けると、血管を広げる物質を出せなくなり、狭くなることも(冠動脈スパズム)。この、血管自体が狭くなるというのも、動脈硬化のひとつです。「冠動脈スパズム」は特にアジア人、日本人はなりやすい傾向があるので要注意です。
また、プラークができて血管が狭くなる場合、同じプラークでも、硬いプラークだと単に狭くなるだけなのですが、コレステロール値がすごく高い方などは脂でぷよぷよしたプラークになるんです。脂でぷよぷよした血管はキズがつくと、脂の成分が少し血管の中に染み出します。すると、我々の身体はキズができると血を止めようという反応が起きますから、そこに一気に血栓ができて、ふさがってしまうのです。
心筋梗塞や脳梗塞は突然起きる怖い病気ですが、血の塊がどこかから飛んでくるわけではなく、脂でぷよぷよした血管にキズがついて血栓ができるために起こります。なので、血管にたまった脂分が少しでも減ったほうがいいので、コレステロール値をできるだけ低くしたほうがいいのです。
――コレステロール値を下げることで、プラークを減らすことができるのですか?
【今井】コレステロールには、善玉(HDL)と悪玉(LDL)があるのですが、LDLの値をかなり下げると、この狭くなった血管が若干広がるということが研究によって明らかになっています。コレステロール値をしっかり下げてあげると、プラークの中に含まれるコレステロールが減ってくるんです。すると、ぷよぷよしたプラークから若干硬めのプラークになります。そうなると先ほどお話ししたような血栓もできにくくなり、心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが減ると考えられます。
健康診断では「総コレステロール」「HDLコレステロール」「中性脂肪」の3つの値を測定している場合には、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)値は、
総コレステロール値ーHDLコレステロール値ー中性脂肪×0.2(0.2をかけるか5で割る)
で計算可能です。健康診断によっては、LDLコレステロール値を直接測定し、それ以外にHDLコレステロール、中性脂肪の値を計測することもあります。
過去に心臓・脳血管疾患の既往がなく、また高血圧や糖尿病などの動脈硬化のリスク因子などが無ければまずは、総コレステロール値220mg/dL以下、LDLコレステロール140mg/dL以下が目標です。動脈硬化に関わる病気の罹患、リスクに従って目標値はさらに低くなります。たとえば冠動脈疾患の既往があれば、80mg/dL以下が目標となります。
――動脈硬化は改善しないと聞いたことがあるのですが…。
【今井】動脈硬化は一種の加齢現象でもあるので、完全に正常に戻すことは難しいと思います。また、血管は年齢とともに硬くなっていきますので、それを止めるのは容易ではないとも思います。ただ、動脈硬化で起きてくる病気を予防するという点では、先ほどお話ししたコレステロール値を下げる、糖尿病の方は糖分を減らす、血圧が高い方は血圧を下げるなどをすることにより、動脈硬化がさらに進むことを防いだり、場合によっては少し手前の状態に戻すこともできるかもしれません。
――「血管は年齢とともに硬くなっていく」ということは、若い方はそんなに動脈硬化は気にしなくていいのでしょうか?
【今井】いえ、若い時期からの対策が必要だと思います。過去に行われた研究で、20代から動脈硬化から進んできているということがわかっており、若くても「自分たちには関係ない」と思わないでほしいですね。若い時期のライフスタイルによって、密かに動脈硬化が進んでいることもあります。若いころからぜひ、健康に気を付けてほしいですね。
――動脈硬化になりやすい人、というのはいるのでしょうか?
【今井】たとえば、ご両親のどちらかが心筋梗塞を起こしているという場合、そうでない方に比べて3倍くらい心筋梗塞の発症リスクがあると言われています。それが、いわゆる「体質」や「遺伝」ということです。ただ、遺伝で100パーセントその病気が起きる訳ではない、ということは言えます。遺伝的な要因と環境の要因の足し算で起きてくるんです。たとえば、双子での研究データで、一卵性双生児は遺伝子が一緒のはずですが、ひとりは日本で暮らし、もうひとりはアメリカで暮らした結果、アメリカで暮らした方のほうが圧倒的に動脈硬化が進んだというデータがあります。そういったことからも、遺伝だけでなく生活スタイルなどの環境も影響することがわかると思います。
ご家族に心筋梗塞や脳梗塞を発症した方がいる場合は、より注意したほうがいいですが、うまく生活を管理したりすることで防げるものでもあります。動脈硬化については、遺伝で必ずなる病気ではないので、逆に言うと努力のしがいがある、ということですね。
――なるほど、遺伝を過剰に恐れ過ぎないほうがいいんですね。今の双子の研究のお話だと、やはり和食のほうが動脈硬化になりにくいのでしょうか?
【今井】そうですね。和食は脂分が少ないですし、野菜を摂る量も比較的多くなります。ただ、和食で注意しないといけないのは塩分です。コロナ禍を経て健康に気を付ける方が増えたのか、近年、日本人の塩分摂取量は減ってきているのですが、それでも1日平均10グラム以上摂っている人が多いです。欧米の食事は逆に、脂分や糖分は多いものの塩分は少ないんです。和食はいいのですが、塩分控えめな和食を食べていただくよう工夫すると、より健康的な生活を送れると思います。
また、私たち日本人が好むものには実はけっこう塩分が多く含まれています。たとえば、最近は朝食に食パンを食べる方も増えているようですが、食パンには塩分が含まれています。1~2枚食べると数グラムの塩分を摂ることになってしまいます。1日に摂取する塩分量は6~7グラムが目安ですので、これだけで1日の摂取量の半分くらいを摂ってしまうこともあるので気を付けてください。
あと、もうひとつ注意してほしいのが食品の「ナトリウム」表示です。最近の食品には塩分量の表示があるものが多いので、ぜひ塩分量の表示を見てほしいのですが、なかには「ナトリウム」表示をしているものもあるので要注意です。塩というのは、塩素とナトリウムからできた塩化ナトリウムですので、「ナトリウム」の量は塩分の一部で、塩分量ではないのです。なので、ナトリウム表示の場合は、下の計算式で塩分量を出してみるとよいでしょう。
ナトリウム量(mg)×2.54÷1000=食塩相当量
――動脈硬化によるリスクというのは、先ほどお話にあった心筋梗塞や脳梗塞以外にもありますか?
【今井】脚に行く血管が狭くなると、その血管を拡げたり、橋渡しする血管を移植するなどの治療が必要になることがあります。最悪の場合には、足を足首あるいは膝の付近で切断しなければならないこともあります。特に糖尿病の罹病期間が長く、重症の場合、注意が必要です。また心臓から出る一番大きな動脈が大動脈ですが、大動脈が膨らんでしまう「大動脈瘤(りゅう)」という病気があります。なかでも特に、腹部にできるものは動脈硬化の関与が大きいといわれています。
また、以下に「動脈硬化の危険因子」をまとめています。動脈硬化の進行を防ぐためには、これらの危険因子をひとつでも減らすことが大事です。喫煙に関しては量を減らすのではなくゼロに。肥満についてはご自身の体重と身長の数値からBMIを算出して、20~25くらいになるようにしましょう。
【動脈硬化の危険因子】
・高コレステロール血症(LDLコレステロール:140mg/dL以上、総コレステロール220mg/dL以上)
・年齢(男性45歳、女性55歳以上)
・高血圧(収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧90mmHg以上)
・糖尿病(空腹時血糖126mg/dL以上、HbA1c6.5%以上)
・喫煙習慣
・冠動脈疾患の家族歴(家族に心筋梗塞や狭心症の人がいる)
・低HDLコレステロール血症(HDLコレステロール40mg/dL未満)
・肥満(BMI25以上)
<BMI計算式>BMI=体重(kg) ÷ {身長(m)×身長(m)}
――動脈硬化の予防のために、食事の面ではどのようなことに気を付けるとよいでしょうか。
【今井】主に、以下のことについて気を付けていただきたいです。
・サバやイワシなどの青魚を食べる。
・野菜や海藻など、食物繊維を多く摂る。
(果物も食物繊維が多いが、糖分が多いので摂りすぎには注意)
・カリウムの多い野菜、果物、豆類、いも類を積極的に摂る。
(カリウムはナトリウムを身体の外へ出す働きをし、血圧を下げる。ただ、腎臓が悪い方はカリウムを摂れないため、担当医師の指導に従ってください)
・高血圧にしないために、減塩に努める。
・動物性脂肪が多く含む、肉の脂やラード、バターなどを控える。
日本人は今、1日平均10~11グラムの塩分を摂っていると言われていますが、6~7グラムに抑えることが理想です。健康に気を付けていても6~7グラムに抑えられている方は少ないので、徐々に減らしていくことを目指しましょう。味噌汁は1杯に塩分が2グラムくらい入っているので、朝晩1杯ずつ飲むとそれだけで4グラム摂ってしまうことになりますので要注意です。また、麺類がお好きな方は多いでしょうが、スープに塩分が多く含まれますので、スープは飲まないほうがいいですね。醤油についても、一滴から欲しい量を自在に調節できるようなボトルのものを使用しましょう。かけすぎを防止できます。
――ほかに、動脈硬化の予防のために有効なことはありますか?
【今井】あとは運動ですね。ただ、運動といっても、休みの日にだけ長時間運動をする、というのは効果的ではありません。1週間に3回以上、1回30~60分(1週間の合計が180分以上)を目安にしましょう。できれば毎日が望ましいですね。時間を取ることが難しい方は、いつもエレベーターを使っているところを階段にする、ということでもだいぶ違いますよ。また、運動の内容としては、勝負にこだわるようなものや、ダンベルのようにいきむ動作のあるものは避けたほうがいいです。ウォーキングやラジオ体操、サイクリング、社交ダンスなどがおすすめです。
ストレス対策も工夫していただきたいですね。ストレスはなかなか避けられないと思いますが、仕事の合間に時間休憩をきちんと取る、十分な睡眠をとるなどが大切です。ずっと緊張している状態は血管によくありません。たとえば、緊張度の高いお仕事をされている方は、動脈硬化が進むというデータもあります。ストレスと血管も密接な関係があるんですよ。
――自分の血管が健康かどうかを知る方法というのはあるのでしょうか?
【今井】ひとつの目安として、内科のクリニックのほとんどで、血管年齢を測る検査ができます(自費)。手足に血圧計を巻いて上半身と下半身の血圧を測ったり、心臓から手足に血液が届くまでどのくらいの時間がかかっているかを計算することで、血管年齢や血管の硬さをある程度測ることができます。心配な方は、この検査を受けていただくといいかもしれません。顔立ちは若くても、血管年齢は実年齢を上回っていた…なんてこともあります。
今井先生のインタビューのなかで最も印象的だったのは、健康だと思っていても、年齢を重ねるにつれ動脈硬化は進んでいるということだ。しなやかな血管を保つために、食事は塩分や脂分に気を付けながら、運動をプラスして、ストレスを溜めない生活を心がけていこう!
取材・文=矢野凪紗
配信: Walkerplus
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