気になる“よその家の子育て” ~娘がグラミー賞を受賞した永谷家の場合~

気になる“よその家の子育て” ~娘がグラミー賞を受賞した永谷家の場合~

書店の本棚にはたくさんの子育て本が並び、SNSでもさまざまなノウハウを学ぶことができる時代。けれど本当に知りたいのは、エリート家族やスーパーママなど“特別な家”の体験談ではなく、生活レベルが自分と似たり寄ったりの「ふつうの家族の子育て論」ではないか――。

そんな風に原稿を依頼された今回。どの街にもいそうな中流家庭の永谷家(筆者の実家)で「親として子どもの夢をどう応援するか」をテーマに父と娘が語り合ってみた。

<プロフィール>

【父】永谷道昭(ながたに・みちあき)

1944年生まれ。5人兄妹の末っ子。父親は数学の高校教師で「できて当たり前」と厳しく教育されたため、自分の子どもたちには「勉強しろ」と口うるさく言わないと心に決めていたそう。

【長女】Moka Carmouche(モカ・カームーシュ)

1977年生まれ。音楽エンジニア・医療クリニックのオフィスマネージャー。Conservatory of Recording Arts and Science卒業後、音楽スタジオSTANKONIA(アメリカ・アトランタ)で働く。2003年に担当アーティストのOutKastがグラミー賞「最優秀レコード賞」を受賞したことから、楽曲に携わったエンジニアとして同賞を受賞。その後一児の母となり、現在は医療クリニックのオフィスマネージャーとして働く。

【次女】両角晴香(もろずみ・はるか)※筆者

1980年生まれ。フリーランスライター。ブックライターとして携わった書籍は、『成約率98%の秘訣』(和田裕美著/かんき出版)、『バカ力』(山名裕子著/ポプラ社)など。

 

「ダメ」と言われるとやりたくなる人間の心理

晴香:私たちってどこにでもいる普通の兄妹だったと思うけど、ひとつ特徴があるとすれば、3人とも幼少期から明確な目標を持ってたよね。どうしてだろう。

モカ:不自由だったからじゃない? うちの家は、禁止事項がとにかく多かった。テレビもダメ、テレビゲームもダメ、買い食いもダメ、友だちの家に泊まりに行くのもダメ。外食も滅多になかったし、数百円の玩具すらなかなか買ってもらえなかった。でも、禁止や否定をされると、「なにくそ」と思うんだよね。目標を決めて、それに執着していた。

晴香:厳しかったねぇ。その上、「うちの子なんてどうせダメですから」みたいなネガティブ発言する親だった……。父は、なぜそんなに私たちに厳しくしていたの?

父:そりゃ、なんでも「はいはい」って与えていたら、“雑草魂”が育たないでしょう。努力して得たものは、ありがたみがあるってもんで。

晴香:う~ん。分かるんだけど、「禁止」って子どものフラストレーションがたまるやり方なんだよね。私、欲求不満すぎて、あるとき母に相談したのよ。「やりたいことがありすぎて困ってます」と。すると、「夢の中でやりなさい。なんだってできるよ、空を飛ぶことだって」と返されて、身につけたのが「明晰夢」だった。
※明晰夢=「これは夢である」と自覚しながら見ている夢のこと。内容を自由に変えられることも。

モカ:母の真意はそこだったの? 寝て見る夢のこと?

晴香:私なりにそう解釈して、夢の中でテレビを見まくったり、ジャンクフードを好きなだけ食べたり、クルマを運転したり、空を飛んだりして、好きなことをなんでもしたの。楽しかった!

モカ:自分も子どもを産んで母親の立場になって思うのは、いろいろ禁止するのは親にとっても負担だということ。子どもがぐずったときくらいテレビを見せたり適当な玩具を買い与えたほうが、親としては断然ラクだもん。

父:よくぞ言ってくれた。

晴香:そうかもしれないけど、私にとってはつらい記憶だなぁ。モカがアメリカ永住の夢を抱くきっかけは何だったの?

モカ:唯一見ることを許されたテレビドラマ『大草原の小さな家』がきっかけかな。靴のまま家に入る習慣や食事やファッションまで、アメリカ文化の虜になっちゃったの。普段テレビを見せてもらえなかったから、映像そのものに夢中になったのかもしれないけど。

長女・モカがアメリカ移住を夢見るきっかけとなった『大草原の小さな家』。家族の絆が強いのは、幼少期にこの作品を散々見たせいかも

晴香:懐かしいー! 毎週日曜の夕方にNHKで再放送されてた。

モカ:あとは、母が20代のときから続けていた『ラジオ英会話』(NHK)の影響も大きかった。

父:母さんは、3人の子育てをしながら毎日欠かさず英語の勉強をしていたね。66歳で他界する直前まで続けたのだから、英語は生活の一部だったんだろう。
 

自学学習でも、ネイティブ級バイリンガルになれる

晴香:モカの英語の素晴らしい点は、ネイティブ並みに発音がキレイなこと。高2で留学するまで、自宅学習だけでしょ。どうやって英語を覚えたの?

モカ:海外ドラマをビデオに録画して、日本語で見て、英語で見て、さらにカセットテープに録音して夜聴きながら寝てたの。

晴香:あ~、やってたね。学校の英語の成績も良かった?

モカ:それが、さっぱり。英語はあくまで「遊び道具」だったから、リスニングがメインで、文法を疎かにしたんだよね。心配した母が英語の先生をしてくれるようになって、それからは成績がぐんと伸びたんだけど。全国模試でトップ20入りしたときはうれしかったな。

父:母さんはいわゆる教育ママではなかったけど、真面目な人だったからね。熱心に指導したんでしょ。

晴香:リスニングといえば、洋楽もよく聴いてたね。

モカ:それは音楽好きの父の影響。自宅にビートルズコレクションがあったから、CD音源をカセットテープに録音し直して、歌詞カード片手に耳コピして歌ってたの。音楽にハマるきっかけになったのは『エド•サリヴァンショー』。

晴香: これもNHKの再放送ね(笑)。才能の塊みたいな番組だった。

モカ:スティーヴィーワンダーやジャクソン5からはじまりMotownレコードの大ファンになった。ブラックミュージックが大好きになったこの頃から、将来の夢が「アメリカに永住して“音楽で食べていく”」に変わったの。

晴香:「音楽で食べていく」か。子どもらしいね。漠然としてる。

モカ:父もジャズ好きだったので、なんだかんだ両親の影響は大きかったんだと思う。

父:なにも僕らは、すべてを禁止したかったわけじゃないんだよね。まずは良いものを子どもに見せてあげたいという親心だった。

晴香:初めて渡米したのはいつだっけ?

モカ:高校1年の春休み。10日間ユタ州の郊外にホームステイしたの。日本人が1人もいない世界に行ったのね。

晴香:父さんは、モカのホームステイの話を聞いてどう思った?

父:本人にやる気があったし、良い経験になると思ったよ。反対する理由がなかった。

モカ:その10日間で、「アメリカに永住して音楽で食べていく夢」に拍車がかかったの。その翌年、「今度は1年間留学しませんか」というお便りがホームステイの運営会社から届いて、行くっきゃないでしょ! と。

晴香:だけど反対されたんだよね。

モカ:一大決心して両親に相談したけど、あっさり却下された。

晴香:モカの落ち込みようがあまりにひどくて、そのときのことをよく覚えてる。父は、なぜ反対したの?

父:留学に反対したのではなく、「タイミングが悪すぎる」と言ったの。高2の春休みから1年間交換留学するプランだったので、高校の卒業証書をもらえない可能性があったんだよ。高校も出ず、ふらふらして、将来何で食べていくつもりなのかと。

晴香:そりゃそうだ。

モカ:私としては、小学生のときからあたためてきた夢を否定された気持だったの。ようやく訪れたチャンスだったのに。それで……。

父:母さんと一切口をきかなくなったんだよな。

晴香:なにか用事があるときは、全部妹の私に伝言してくるんだよね。キツイ言葉はできるだけやわらかい言葉に変換して伝えていたから、気を使ったわ~。あの時は、家族みんなが悲しい思いをした。

モカ:反対されたことだけに絶望してたわけじゃないよ。「うちの子なんてどうせ才能ない」みたいな親の決めつけが許せなかったの。チャンスをくれれば自力で立てることを証明したかった。

晴香:最終的に、なぜ父は留学を許したの?

父:モカを見ていて、それほど強い意思があるなら1人で勝負してみろと考えを改めたわけ。

晴香:ほう。

父:というのも、父さんには、モカの気持がわからなくもなかったんだ。私も高校時代にまったく同じことを父親にしてしまってね。父親を無視し続けて、それは大学生になって親元を離れるまで続いたの。その時のことを思い出したんだ。
 

関連記事:

ピックアップ

ゲームディレクターになるには? 「スパイク・チュンソフト」打越鋼太郎さんインタビュー
どうしたらもっと生きやすい社会になる? 「不登校とマイノリティ」イベントレポート
どうすれば能楽師になれる?  川口晃平さんが伝統芸能の世界に飛び込んだワケ
本当に学校に行かないといけないの? 教育基本法や「自宅学習」について調査してみた