どうしたらもっと生きやすい社会になる? 「不登校とマイノリティ」イベントレポート

どうしたらもっと生きやすい社会になる? 「不登校とマイノリティ」イベントレポート

2017年7月1日(土)、東京・渋谷で「不登校とマイノリティ」をテーマにしたトークイベントが開催された。登壇したのは、立場も経歴もそれぞれ違う4名。不登校になった経緯や当時学校で感じた違和感などについて、トークが進んだ。

●登壇者

今井紀明
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。高校生のとき、子どもたちのための医療支援NGOを設立し、当時紛争地域だったイラクへ渡航。現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後日本社会から大きなバッシングを受ける。その後、通信制高校、定時制高校の生徒が抱える課題に気づき、2012年にNPO法人D×Pを設立。
http://www.dreampossibility.com/

恩田夏絵
ピースボートグローバルスクール コーディネーター・一般社団法人ひきこもりUX会議代表理事。小学2年生から不登校になり、ひきこもり、リストカットなどを経験。定時制高校卒業後、人生最期の旅のつもりで地球一周の船旅へ参加したことをきっかけに、NGOピースボートに就職。
http://global-school.jp/
http://blog.livedoor.jp/uxkaigi/

室井舞花
教科書にLGBTを!キャンペーン共同代表・NextCommonsLabディレクター・Love is Colorful主宰。2013年に東京都庁で同性パートナーと結婚式を行う。2014年より、教育現場で多様な性について教えることを目的にした「教科書にLGBTを!キャンペーン」を展開中。著書『恋の相手は女の子』(岩波ジュニア新書)。
http://lic-since2014.tumblr.com/ http://nextcommonslab.jp/

●司会

武田緑
一般社団法人コアプラス代表理事。教育の重要さと、日本の教育の課題に気づき、大学生のときにコアプラスを設立。多様な人たちがそれぞれ自分を生きられる社会を目指し、教育関係者に向けた、学び・つながり・エンパワメントの場づくりを行なっている。
http://coreplus.info/

武田:本日司会を務める一般社団法人コアプラスの武田緑です。よろしくお願いします。私は学校の先生向けに学びの場、交流の場を提供する活動をしています。

恩田:恩田夏絵です。よろしくお願いします。私は不登校の当事者です。定時制高校を卒業後、現在は国際交流NGOのPEACE BOATで働いています。ひきこもり状態にあったり、生きづらさを抱えている女性だけが参加できる「ひきこもり女子会」も主催しています。

室井:室井舞花です。よろしくお願いします。私は性的マイノリティの当事者として活動しています。教育現場で多様な性について教えることを目指す「教科書にLGBTを!キャンペーン」を行っています。

今井:今井紀明です。よろしくお願いします。僕は通信制高校、定時制高校の生徒が抱える課題解決のためのNPO法人D×Pを主宰しています。具体的には、高校と提携して授業を受け持ったり、高校生が集える場所を作ったりしています。
 

不登校、対人恐怖症、性的マイノリティ……生きづらさの原因は?

武田:今日のテーマは、「不登校とマイノリティ― 学校を切り口に、子ども・若者の生きづらさに迫る」です。まず「生きづらさ」について考えたいのですが、恩田さんはリストカットをしていたときがあるんですよね。

恩田:はい。20年前は不登校児は本当にめずらしい存在で、今のように理解も進んでいなくて。「学校に行かない子は悪い子」「学校に行かないと大人になれないよ」と言われていました。今だったら「学校行かなくても大人になれるわ!」って突っ込めるんですけど(笑)。当時は、「私は学校に行くことがどうしてもできなかった」「生きていく資格がない」と思ってしまって。

それで「死にたい」と思ったり、言ったり、リストカットしたりしていたんですけど、今考えると「もっとうまく生きたいのに、生きられない」という意味の「死にたい」だったように思うんですよね。言葉通りの「死亡したい」ではなかったんだろうな、と。

今井:恩田さんは定時制高校に通われていたんですよね?

恩田:はい、神奈川県の定時制高校に通っていました。そこで初めて、いろんな年齢の人たちがいる集団に入ったんですよ。それまで私がどうしてもなじめなかった「学校」って、同じ年齢の男女だけがいる場所だったから新鮮でした。そもそも人って、年齢も性別も考え方もいろいろじゃないか、と気づいて。

さらに、19歳のときに「地球一周の船旅」のピースボートに乗って、本当にさまざまな背景を持つ人に出会ったんです。それで、「生きていけるな」と思えました。こんなにいろいろな人がいていいんだ、と。そして、そのままピースボートに就職までしちゃって(笑)。どうしても学校に行けなかった私が勤続12年。驚きですよ。

武田:学校って特殊な場所で、学校の中だけでしか通用しないルールや常識があって、それが一般社会より厳しい面もありますよね。中には、どうしてもなじめない人もいる。実は、学校の中で生きづらいのは子どもたちだけじゃなくて、「学校で生きづらい、働きづらい」と思っている先生たちもいます。「もっとこういう場所だったらいいのに」「でも『前例がない』って言われてしまう」とか。

「生きづらさ」の話題を続けますね。今井さんは、対人恐怖症だったとか。

今井:そう、なんで対人恐怖症になったかというと、人質になった経験があるんですよ。

(会場ざわめく)

今井:高校生のときに、イラクの子どもたちのための医療支援NGOを設立したんです。それで現地に行ったんですけど、武装勢力に人質として拘束されてしまい……。なんとか助かったのですが、帰国後に日本人からものすごくバッシングを受けたんです。地元の札幌の道を歩いているときに、いきなり殴られたりとか。

武田:知らない人にいきなり殴られて。

今井:そうです。それで対人恐怖症になって、事件自体のPTSDもあって、パニック障害にもなりました。4~5年はかなり生きづらさを感じましたね。周囲のみんなのおかげで、なんとか立ち直れましたが。

武田:大変でしたね。「生きづらさ」について、室井さんはどうでしょうか? 性的マイノリティであることのカミングアウトはどうしてました?

室井:学校生活は特に大きな支障なく過ごしていました。友人も多かったと思います。ただ、私は、特に小中学生時代に2つのことを絶対に言わないようにしていました。一つは「父子家庭であること」、もう一つは「同性愛者であること」。それを明らかにしないことで、表面上は特に苦しむこともなく学校生活を送っていました。
 

カミングアウトは、マイノリティである自分自身を認めること

武田:カミングアウトしにくいマイノリティな属性って、いろいろなものがありますよね。セクシュアリティに関することだったり家庭だったり地域だったり……。

ちなみに、私は被差別部落(※)出身者です。地域の小中学校を卒業したあと、高校以降は「どこの中学出身?」「どこに住んでる?」と聞かれるので、それがカミングアウトのタイミングでしたね。

※住んでいることや、出身であることで差別を受ける地域。関西以南に多いとされる。日本に昔存在した身分制度の名残。

室井さんが、自分の性的な傾向について自覚したのはいつ頃でしたか?

室井:私自身のことの前に一般的な話をすると、「LGBT」とひとくちにいってもいろんな意味合いが含まれています。近年「LGBT」という言葉が広く認知されるようになってきましたが、頭文字になっているレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー以外の性的マイノリティも含めた総称として「LGBT」と使われていることがほとんどです。性自認(※)もあるし性的指向もある。性自認について自覚するのは保育園・幼稚園の頃~小学校低学年の頃が多いとされていますね。そして、性的指向については「もしかしたらマジョリティな性的指向と違うかもしれない」と気づくのが小学校高学年から中学生くらい、いわゆる思春期にあたる第二次性徴期の頃が多いといわれています。

※性別についての自己認識。生物学的な性別と、性自認との間に食い違いが生じる場合も。

私自身は「女性が好きなのかも」「もしかして自分自身、女性ではないのかもしれない」と思い始めたのは小学校5年生くらいのときですね。中学2年生のときに初めて人を好きになって、それが女性でした。でも、「これってたぶん口に出してはいけないんだろうな」と思って。ちょうどその頃に、保健体育で思春期についての授業があって。教科書の中で、「思春期になると、誰もが『異性』に関心を持つようになります」という記述があったんです。それが、自分がマイノリティに属する人間なんだ、と自覚した決定打でした。

武田:その経験が、現在の「教科書にLGBTを!キャンペーン」につながっているんですね。

室井:私が学校に通っていた2000年代初頭は、メディアの中で自分と同じような立場の人を見つけるのが難しかったんです。いたとしても、テレビのバラエティ番組の中でいじられるポジションだったりして。上戸彩さんがドラマ「3年B組金八先生」の中で性同一性障害の生徒を演じたのも、この頃です。「性的マイノリティの認知を広げる」という意味では確かに大きな一歩だったと思うのですが、同時に、あの役柄に対しての批判的な……ある意味素直なコメントを耳にしたりして。

当時、学校の同級生の中にも、先生たちの中にも、LGBTを理解している人はいないように感じました。先生が(手の甲を片頬にあてて)「俺、こっちじゃないし」と発言していたり、「オカマ・ホモ・レズ」という言葉を、おそらくマイナスなイメージで使っていたりして。その言葉を聞くと、ビクッとしていましたね。

武田:それはつらかったですね。

室井:教科書の記述、バラエティ番組での扱われ方、教師の発言などから、「自分は“間違って”いる」と感じてしまっていました。自分は変なんだ、と。もしも自分の“間違い”が明らかになったときに、学校の中でどうなるんだろう、という恐怖がありました。当時、私は学校以外に所属しているコミュニティを持っていなかったので、学校からはじき出されたときにどうしていいかがわからなかったんだと思います。

今井:その状況だと、相談できる人が思いつかないよね。

室井:そうなんですよね。自分の内面について相談できる人もいなかったし、父子家庭っていうのもあって、自分の身体の女性らしい変化についても親に話せなかったし。

武田:それで、性指向を自覚してから、中高生時代はまったく誰にも言わなかったと。

室井:中高生のときは、「恋愛に興味がないキャラ」という設定で生きていましたね。

武田:「人に言えない」というのも壁の一つだけど、自分が自分のことを認識するのも、壁だよね。セクシャリティって、自分を構成する要素の一つだから。

室井:そうなんですよ。ホモフォビア(同性愛者嫌悪)っていう事象があるんですけど。その同性愛嫌悪の感情を誰が育んでいるかというと、もしかして当事者自身なんじゃないかと……。

18歳のときに初めて「私、女の子が好きなんだ」と人に言えたんですが、そのときも「レズビアン」という言葉はどうしても使えなかったんです。使ってしまうと、それまで学校で耳にしてきた「レズ・ホモ・オカマ」という分類に自分が入ってしまうんじゃないか、ということに対する嫌悪感があって。20代になってから、当事者である自分自身の中にセクシュアル・マイノリティへのネガティブな感情があることを認められるようになりました。

武田:当事者自身の嫌悪って、ほかでもありますね。たとえば、日本に暮らしていて、かつルーツは外国にある子どもが、それを隠して生きていたりとか。そうすると、親や祖先への否定と同時に、自分への否定につながってしまう。自分を構成する要素に対するネガティブイメージがあると、自己否定になってしまう。

恩田:社会全体に、「これが普通である」というイメージが存在する気がしますね。そして、「普通じゃないことは表明しにくい。「お母さんが日本人じゃないことは普通じゃないから言えない、恥ずかしい」とか、「同性を好きになることは普通じゃないから言えない」とか、「学校に行ってないことは普通じゃないからダメ、受け入れられないとか、「授業参観にお母さんが来ないからうちはおかしい」とか。言葉として思っているわけじゃないんだけど、「普通じゃないことは言わない方が良くて、言えないことはダメなこと」になっている。言えないことに関しては、自分を否定してしまう。だから、ありのままの自分を認めること、取り繕わずにそのままでいられる環境というのは重要なんだと思います。
 

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