11月23日からWOWOWで放送・配信が始まった「連続ドラマW シャドウワーク」(全5話)。主演を務めているのは女優の多部未華子だ。江戸川乱歩賞作家の佐野広実氏による同名小説が原作のミステリーで、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害に苦しむ妻たちが、絶望の果てで生きるためにたどり着いた「究極のシスターフッド」を描く。
多部が演じるのは主婦の紀子。夫から数年にもわたる日常的な暴力を受けて自己喪失し、暴力を受ける自分が悪いのだと考えている。ある日、命からがら逃げだしてある人物と出会い、神奈川・江ノ島にある一軒家で共同生活を送るうちに自分を取り戻していくが、その家に敷かれた秘密のルールにぶつかり、心を砕かれていく。重いテーマを扱った作品だが、多部自身は意外にも明るく作品と向き合い、「やっぱりやってよかったな」と笑顔を見せている。
――すごく重いテーマを描いた作品ですが、出演を決めた理由をお聞かせください
「女性たちがこんなに集まる作品ってあんまりないなと思って…。いろいろな年代が集まっていて、あるシーン以外は動きも大きくないというか穏やかな作品なだけに、どうやって撮るんだろうという興味もありました。シリアスな内容ですし、今まで紀子のようなキャラクターは演じたことがなかったから、やってみたいなと感じました。現場に入ってみたら、『やっぱりやってよかったな』と思えるキャストの方たちに囲まれたことも、自分にとっては幸せなことでした」
―― DVを受けるシーンが衝撃的ですが、現場の雰囲気はいかがでしたか?
「今回、私にとっては非日常的なシーンばかりで、毎日試行錯誤しながら撮影に挑みました。みなさん仲が良くて和気あいあいとした現場でしたし、DVを受けるシーンでは『こうしたらもう少し傷が見えるんじゃないか』とか、リアルに痛々しく見せるにはどの角度がいいかなど、見せ方をみんなで相談しながら撮影しました。そういうふうに、キャストもスタッフさんたちも『こうしたら、ああしたら…』と意見を出し合いながら一つの作品を作りあげることができたのは、山田(篤宏)監督がよい空気を作ってくれたからじゃないかなと思って感謝しています。残酷に見えなければそこからの展開につながっていかない大事なシーンではあったので、みんなで話しながら撮影できたのは良かったです。私よりも、暴力を振るうアクションがある相手方の役者が気を遣ったのではないかと思います。芝居相手(の私)にけがをさせるかもしれないですし危険を伴うので、大変心労されたのではないかと」
――具体的に山田監督はどのような空気を作ってくださったのでしょう
「山田監督と初めてご一緒させていただいて驚いたのが、助監督さんが言うアドバイスを素直に受け入れるんですよ(笑)。助監督さんがフランクに、『俺はこういう感じがいいと思うんですけど…』と助言するんですよね。それに監督も同意する様子が、私は今の時代に合っていてすごくいいなと思いました。助監督が『俺はこういうカットもあった方がいいかなって思って…』と言うと『あっ、そっかー。確かに、じゃあそこも撮ってみよう!』みたいな。そのやりとりが新鮮でした。
もちろん監督に意見がないわけでは全くなくて、きちんとしたこだわりもあるんですけど。助監督さんだけじゃなくて、カメラマンさんやスタッフの方も、みんながみんな監督に対して意見を言って、それを監督が飲み込んで…。本当に、みんなでディスカッションできる現場だなと思いました。私も『もう少し分かりやすい方がいいかな』とか、『このシーンはこれぐらいの方がいいですか』とか、そういう会話をしました。『こんなこと、監督に聞いていいのかな?』と遠慮するのではなくて、さらっと聞けるような監督で、私はすごく好きでした。ただ、監督は本当によくしゃべる女性キャストがそろっていたので、どう思っていたのだろうと思って毎日過ごしていました(笑)」
――寺島しのぶさんや石田ひかりさん、須藤理彩さんほか、本当に女性が多い現場でのエピソードをお聞かせください
「撮影中は本当に和気あいあいとしていて、重いテーマのドラマを撮っている雰囲気は感じないくらい楽しい現場で、しのぶさんとひかりさんが来ると現場も盛り上がりました。待ち時間には、作品のことについてもよく話したので、とにかくずっとおしゃべりをしていました。他愛もない話から、次のシーンってこうだよねと真面目な話まで。『昭江(寺島)って、こういうキャラだよね』とか、『このセリフでは、みんながこういうことを感じ取っているよね』とか、答え合わせをすることもありました。会話の中で自然とそういう話が沸き起こる現場だったので、すごくいい現場だったなと思っています。
その会話の中で、『今の紀子ってこういう気持ちってことだよね?』と、しのぶさんに質問されると『いや、紀子は多分このシーンはこういう気持ちだったと思います』と、私も答え合わせをしたりヒントをもらったりすることがありました。『昭江はそういうふうに思っているんだ』とか、『路子はそういうキャラクターだったんだね』と、各々のシーンの立ち位置みたいなものもすごく話をしたので、みなさんとの会話の中で学んだり深掘りしていったりしました」
――ムードメーカーの方はどなたでしたか?
「須藤さんです! あんなにしゃべる人は初めて見たっていうくらい、ずっとお話されているんですよ(笑)。現場が明るくなって楽しかったです。須藤さんの入り時間が遅い日には『今から須藤さんが来るよ!』って、みんな楽しみにしていて、『来た来た!』って感じでなるのが、とても楽しかったです」
――パン屋のシーンで、印象的なエピソードがあれば…
「パン屋のシーンで登場するパンは、収録が終わるとみんなで分けて持って帰ったので、翌日は『これおいしかったよね』という話をしていて、『現場に遊びに行ってるのかな?』と錯覚するくらい楽しかったです。パン屋の中がシェアハウスのセットよりこじんまりとしていて密度が高かったので、どうでもいい会話をしながら、女性特有のギャーギャーしている感じでしたね。パンは出来上がったものがあって、私が作ることはなかったです。丸めるぐらいはしましたが難しくて…。教えていただいたんですけど、プライベートで作ったことはないです。ちなみに、一番おいしかったのは、あんバターパンです(笑)」
――シェアハウスのルールを知った時の紀子の気持ちは、どのように捉えて演じたのですか
「このシェアハウスに来た住人の本当の気持ちって、すごく複雑で難しいと思うんですけど、自分の人生と逃げずに向き合った結果のルールなので、紀子の感情で言うと時間をかけることなくすんなり受け入れることができたのではないかと思います。自分が生きていくためのルールだと。紀子に限らず、住人のみんなも同じ気持ちだったんだと思います」
――紀子を演じるにあたって、ご自身でアイデアを出されたこととかはありますか?
「冒頭の紀子は、季節もわからなくなるぐらい心を失っていて、いろいろなことを見失っている人だったので、メークさんと相談して、水分がない状態というかパサついた感じがいいかなと。とにかく、自分のケアは何もしなくて色がない日々を過ごしている感じから始まって、徐々に自分自身を取り戻していくというか。ビジュアル的には、だんだん身なりを整えていけるようになっていくという、細かいことですけど、そういう話をしました」
――そんな紀子は、どういう人物だと思いますか?
「夫の暴力によって自信を見失い、自己を失くしてしまったキャラクターだったので、そういう部分の表現は難しかったですが、すぐに答えや決断ができる軸がちゃんとある女性ではあったので、理解ができないと言う事はなかったです。
―― 最後にメッセージをお願いします
「自分がどう生きていくかを見失わず、諦めずに強く生きていく成長物語です。テーマは重いですが、彼女たちの決断や思いをドラマを通して見守っていただけたらなと思います。」
多部未華子(たべ・みかこ)プロフィル
1989年1月25日生まれ。東京都出身。2002年、女優デビュー。09年、NHK連続テレビ小説「つばさ」の主演に抜てきされる。以降、さまざまな映画、ドラマ、舞台に出演。近年の出演作は「マイファミリー」(22年)、「いちばんすきな花」(23年)「対岸の家事~これが、私の生きる道!~」(25年)など。今後の作品として、2026年度前期NHK連続テレビ小説「風、薫る」がある。
取材・文:松下光恵

