閉鎖的なコミュニティでの同調圧力も描きたい
染谷 そういえば、この映画のクランクインの前に、「異人坂クリニック」のスタッフ役のみなさんと自分とで、カンファレンス(特定の患者の治療方針、ケアの現状、課題を共有・検討する小規模な会議)の場面をアドリブでリハーサルしたんです。「原作にはあるけど映画では描かれていない患者さんの治療方針」という設定で、「この人にAケアをすべきか否か」を全員で話し合ったんですよ。
久坂部 それは面白い試みですね。キャストの中には介護関係の資格をお持ちの方もいらっしゃるから、リアリティのあるカンファレンスになりそうです。

染谷 みなさん、それぞれ自分の役の上での倫理観に基づいて発言するんですけど、その場のアドリブだから個人的な考えも入ってきますよね。あくまでもカンファレンスの雰囲気をつかむことが目的なので、そこでイエスかノーかの答えを出したいわけではありません。でも撮影が始まった後も、待ち時間になると、役者同士で自然とその話になるんです。「自分だったらこうしたい」とか「妻が患者だったらどうするか」とか、Aケアの話ばかりしていました。
久坂部 そうだったんですね。やはり、これは誰にとってもリアルな問題だからでしょう。介護される側にとっても、介護する側にとっても、Aケアはまったくの絵空事ではないんです。介護現場を知っている人は廃用身の問題を肌で感じているでしょうから、Aケアに拒絶反応を示さず、冷静に議論できたのかもしれません。
染谷 そうですね。介護経験のあるキャストの方からは、「あのときの患者さんがAケアを受けていたら、もっと良くなったかもしれない」という話が何度も出ていました。ただ一方で、監督は同調圧力の怖さも描きたいとおっしゃっていました。狭いコミュニティで毎日いっしょに過ごすと、みんなが同じ方向に流されてしまいます。
久坂部 善意には反論しにくいから、そこは怖いところです。とくに漆原のあのきれいな目で「患者さんのためです」といわれると、スタッフも「そうだそうだ、Aケアはすばらしい」と同調してしまう。
染谷 漆原は隙のない人ですからね。どこをどう突っ込まれても、相手を120パーセント論破できる。そういう「完璧な人」というイメージがありました。
「染谷将太をモデルに当て書きしたんだっけ?」
久坂部 ところが、Aケア第一号患者の岩上が、ある凄惨な事件を起こしたところから、空気が変わります。同調していた狭いコミュニティの外から、つまりマスコミから攻撃が始まる。吉田監督は「染谷さんの演じる漆原が、だんだん死に惹かれていくように感じた」とおっしゃっていました。
染谷 彼のように隙のない完璧な人間が世の中から攻撃を受けたときの崩れ方は、半端()なものではないだろうと思ったんです。確信を持っていた善意が社会的に否定されて、「自分は間違った人間なのかもしれない」となると、立ち直れないところまで崩壊してしまう。だから、後半は「ひたすら崩れていけばいい」という気持ちでした。前半の「完璧な漆原」のほうが、演じるのは難しかったですね。
久坂部 完璧な自信家が崩れていくのは、医者にはよくあるパターンです。子どもの頃から勉強ができて、みんなに褒められて育ってきた人間がどこかで躓()くと、善意の医者だったのに一気に金儲けに走ったりする。自分の優秀さに見合ったリターンが得られないとわかると、犯罪行為に近いこともします。論文を捏造()したりとかね。
染谷 たしかに、「こんなに頭のいい人がなぜ?」と思う事件はありますよね。

久坂部 岩上が事件を起こした後、漆原が矢倉に「やりたいことができるようになったということですよね」というシーンがあります。あのあたりから、「完璧な漆原」がニヒリスティックな心境になっていく。
染谷 あれは、Aケアに対する自信が突然ピンボケした瞬間でした。自分のケアによって、患者はあんなことができるようになってしまった。でも、漆原自身がやったわけではないので、罪はない。崩れそうな自分を保つために、必死に正当化するシーンでした。
久坂部 「完璧な漆原」と「崩れていく漆原」の切り替えは難しくなかったですか?
染谷 そこは監督の撮影方針に変化がありました。「完璧な漆原」のときはポンと引いて、堂々と見える撮り方をすることが多かったんです。でも崩れ始めてからは、寄って撮ったりとか、違うとらえ方をする。そういう監督の映像表現が素敵だと思いました。
久坂部 完成した映画を見た後で、刊行以来ずっと放置していた原作を久しぶりに読み直したんです。すると、漆原が染谷さんのイメージにしかならない。「染谷さんをモデルにして当て書きしたんだったっけ?」と思うぐらいでした。小説だから、細かな心の動きや医者としての気遣いなどをいろいろと書き込んでいるんだけど、それがすべて染谷さんの演じた漆原と完全に一致するんですよ。そういう意味でも、この映画『廃用身』には、原作者として本当に満足しています。
染谷 そういっていただくと、うれしいです。難しい役柄でしたが、すごく有意義な時間を過ごさせていただいたと思っています。

