猫とはたらくvol.06:猫のヒゲのように、細く長くを目指して。店主・大久保京さんに聞く「書肆 吾輩堂」繁盛記

猫とはたらくvol.06:猫のヒゲのように、細く長くを目指して。店主・大久保京さんに聞く「書肆 吾輩堂」繁盛記

九大の什器と欄間と。「記憶の網膜」に残ればいい

−−実店舗は2018年、六本松にて開店されました。場所選びには、どのような経緯があったのでしょうか。 大久保:福岡には、東京の神保町みたいな古書の集まる場所は実はないんです。昔は六本松に九州大学の教養学部があって古書店がいっぱいあったんですけど、九大が移転して、みんな撤退してしまいました。私は天神みたいな繁華街は苦手で、もっと落ち着いたところがいいなと。六本松は福岡市美術館に通う道でなじみがあったし、静かで。 吾輩堂のあるエリアは、もともと福岡縣護國神社の土地で、戦後は引揚者住宅の長屋がいっぱい建っていたんです。みなさんが高齢化して空き家になった長屋に、ぽつぽつお店を開く人が出始めた頃で、不動産屋さんも「面白いんじゃないですか」と。それで見つかったのが今の物件です。 −−私も、吾輩堂へ行くたびに、周りには古着屋さんやカフェが増えているのを見て、どこか谷根千のような雰囲気に似ているなと思いました。 大久保:そう、昭和の香りのする。今では六本松界隈だけで五十軒以上お店がありますよ。うちは路地に一本入っているでしょう。すごく静かで、猫の居場所らしくていいなと思って。 −−吾輩堂さんは、店内を撮影禁止にされていますよね。 大久保:著作権の問題もありますし、今って承認欲求で撮りまくるじゃないですか。うちは写真を撮るところじゃなくて、本を探すところなんで。全部禁止しました。お客様の記憶の網膜に残ればいいんです。記録じゃなくて、記憶の方。「本当に行ったのかしら?」「あったのかな?」みたいな、おぼろげで幻の店のような感じにしたくて。 −−店内の什器も印象的でした。以前うかがったところでは、九州大学から譲り受けたものだそうですね。 大久保:そのご縁も不思議だったんですよ。吾輩堂を開店するちょっと前から、京都で開かれている冷泉家の歌会に通い始めました。歌会では和歌を筆でしたためるのに、毛筆が全然ダメで、習字教室に通い出したんです。そうしたらそこに九州大学の研究所に出入りしている方がいて、「あなたは猫本屋をするそうだが、什器はどうするの?」と聞いてくれて。全然当てがないですと答えたら、九大で什器を再利用するプロジェクトがあるからと、九大の先生を紹介してもらったんです。縁が次々と繋がって。 −−私も書棚に触りましたが、本当に重厚で、歴史を感じる作りに味わいがありますよね。 大久保:80年以上前の旧帝国大学時代のものです。昔は九大に什器を作る専用の工房があって、教授の注文どおりに作る職人さんたちがいたらしいんですよ。うちの大きな実験台はたぶん農学部のもの、書架は文学部。ガラス戸棚はおそらく理学部から来ていて、まだ薬品の匂いが残っています。学生が塗った雑なペンキの跡なんかもあるけど、それも味があっていいかなと。 −−内装も和の空気で統一されていますが、これにも何かこだわりがあったのでしょうか。 大久保:自宅の一部を和室から洋室にしたとき、欄間や書院障子がもったいなくて取っておいたんです。店をするときに使いたいと、ずっと思っていて。大工さんに「これを必ずどこかに入れてください」とお願いして作ってもらったのがこの店です。玄関にも、カウンターにも欄間が入っています。猫本屋をしようという妄想を、温めておいてよかったですね。ただ暖簾もかけているせいか、外から見ると小料理屋みたいで、本屋に見えないらしくて。きっと「謎の店」と思われてるんでしょうね。それはそれでいいです。 −−実店舗には、どのようなお客さんが多いのでしょうか。 大久保:一つは、本当にうちを探してきた方々。ためらいなくドアを開けて入ってきますし、一言も喋らずに真剣に本棚を見ています。もう一つは最近増えた観光の方。「何の店かな」とキョロキョロ入って来られますが、ほとんどお買い上げはされないですね。 吾輩堂はテレビの取材も全部お断りしているんです。本当に猫が好きで、本が好きな方は、調べてやってくる。私はそういうお客様を相手にしている店なので、ひっそりと来てくださって満足していただければいい。たくさん人が来て繁盛しようとは思っていないです。 −−海外から訪れるお客さんも多いとうかがいました。 大久保:圧倒的に台湾の方が多いですね。数年前に台湾のインフルエンサーの方がうちに来て、紹介してくださったらしいんです。店内は撮影禁止なので、お店の外観と、ご自分が買われたものを動画にされたようです。それを見て来店される方たちは物見遊山ではなくて、本当にうちを探してやってくる人たちです。

選ぶのは「猫への畏れ」を知る作家の本

大久保さんに「猫への畏れ」を知る作家の一冊をうかがいましたところ、平凡社刊の「金井美恵子エッセイ・コレクション[1964-2013] 2」を挙げていただきました。大久保さんの感想はこちらから。 −−吾輩堂さんの選書眼について伺いたいです。猫の本の中でも、選ぶもの・選ばないものの線引きはどこにあるのでしょう。 大久保:私の好みですからね(笑)。かわいすぎない、ということでしょうか。絵本も、あまりにも幼児向けのものは置かず、大人が読んでも耐えられる絵本にしています。雑貨屋さんによくあるようなデフォルメされた猫、キャラクター然とした猫は苦手で、避けていますね。文芸は圧倒的に自分の好みの作家さん。流行りの有名人が書いたエッセイのようなものは一切置いていません。出版社から営業が来ても、要らなかったら本当に全部お断りしています。一人でやっているから、それが許されますよね。 −−一方で、猫の写真集は意外と少ない印象を受けました。 大久保:うちに来るお客様は99パーセント猫を飼っていて、自分の猫が一番可愛いと思っているので(笑)。「写真ならうちのスマホにあるわ」という方が多いと思います。古典的な写真集は置いていますけどね。その代わり、猫が登場するアートの本、猫に関する歴史や民俗学、フォークロア——猫の伝承といったものは、私の好みなので積極的に置くようにしています。 −−猫をかわいいと愛でるばかりの本ではない、ということですね。猫のかわいくないところも含めて、すべて美しい、というような。 大久保:猫に対する「畏れ」を知っている作家さんを選んでいます。美しさとか、猫への畏怖、敬う気持ちというか、ちょっと神にも似たような敬意を持っている方。前回取材された井上奈奈さんも、そういう作家さんじゃないですか。 あとは凝った装丁の本。電子書籍の時代だからこそ手仕事を大事にしたいので、デザイナーさんや作家さんの意識が隅々まで行き渡っているような、職人さんの仕事が感じられるものを尊重しています。そういう本は大手の版元さんはなかなか出さないので、うちは小さな版元さんとのお付き合いが多いですね。 −−ものづくりといえば、カレンダーとうちわも吾輩堂さんの名物です。カレンダーは、いつ頃から作られているのでしょうか。 大久保:たぶん2014年〜2015年頃からですね。オリジナルを作ろう、アーティストのカレンダーがあったらいいなと思って。最初はたまたま福岡の作家さんで、やっているうちにだんだんコツがつかめてきて、毎年作家さんを変えることにしたんです。 カレンダーを作った瞬間から、もう翌年の作家さんを考えていますよ。今年ももう進行中。全国40店舗くらいに置いてもらっています。うちは9月の半ばに、先駆けて出すんです。早くしないと大手さんのカレンダーで場所がなくなっちゃうので。 −−つかんだコツというのは、どういったものでしょうか。 大久保:判型とか、壁掛けがいいとか、絵とコマを一枚に収めるか別にするか。作家さんの絵によって決まるんですけど、作家さんのリクエストはほぼ受け入れます。吾輩堂のお客様は年齢層が高めなので、見やすい大きさで、数字の色が薄くないもの。あと昔、綴じないカード式をやったら、月の入れ忘れが絶対に起きて。1月から12月まで全部私の手作業ですから。死ぬかと思いました。それ以降は、絶対に綴じたカレンダーしか売りません(笑)。 −−では、うちわの方はいかがでしょうか。 大久保:オンラインの強みを出そうと思ったんです。Amazonで買えるものをわざわざうちに発注してくれるメリットを作りたくて。最初はうちのロゴのデザインだったのが、ある日、作家さんに描いてもらったらどうかなと思いついた。それがユカワアツコさんです。彼女は江戸文化が大好きで。江戸時代の版元が作るうちわ絵って、あれは全部PRなんですね。年明けに出す本や芝居を題材に、夏にうちわを作ってお得意様に配っていた。私はそれを踏襲しようと思って。 カレンダーの作家さんにうちわも描いてもらって、展覧会もするという、江戸時代の版元システムです。蔦重みたいな、なんて言うとおこがましいんですけどね。毎年七夕の頃に、お買い上げの方にノベルティとしてお配りしています。 −−昔ながらの仕組みを、そのまま今に。それがまたうまく回っているというのがすごいですね。 大久保:でも思いました。私は自分では何も生み出せないけど、考えることが好きなんだなと。絵も描けない、ものも作れない。でも「こんな人とこんなことをしたら楽しいんじゃないか」というアイデアはあるんです。作家さんって、ゼロから一を作り出せるでしょう。私は一から十、一から百は作れるけど、ゼロから一というのはものすごいエネルギーじゃないですか。それは作家にしかできない。だから猫と同じように、作家さんと職人さんを尊敬しながらやっている店なんです。 −−以前出版された『猫本屋はじめました』のように、本を作ることはお考えですか。 大久保:実は今も一冊、進行中なんです。詳らかにはできませんけど、来年の2月に刊行予定で、吾輩堂が版元です。版元は苦労も多いですよ。何部を刷ってどこに保管するか、販路をどう広げるかも考え中です。本屋としては出版社に「本を売ってくれ」と言う側だったのが、逆に小売りさんに「この本買ってください」とご紹介して回る側です。でも、本って手元に残るじゃないですか。一過性でわーっと騒がれるんじゃなくて、いつまでも読み継がれて、猫の好きな方に持っていってもらえるような本作りが、私の一番やりたいことです。
配信元: 猫ジャーナル

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