●パワハラの判断は「必要性」と「相当性」から
次に、本件の部下による罵倒がパワハラにあたるかを見てみましょう。
パワハラ該当性判断の中核は「必要性」と「相当性」です。部下が「あなたのために!」と怒鳴り続けることは業務上の必要性は認められにくいでしょう。仮に、業務改善の提案や意見表明だとしても、人格を否定するような言葉や執拗な怒号は、就業環境を害する不適切な言動と評価され相当性を欠きます。
したがって、本件の部下による暴言も、法的にはパワハラに該当する可能性が高いといえるでしょう。

——パワハラをした部下にはどのような法的責任が問われますか
もし部下がこのような行為を繰り返した場合、民事上は、損害賠償責任が生じ得ますし、会社から懲戒処分が下されることもあります。
民法709条は「故意または過失により他人の利益を侵害した者は損害賠償責任を負う」と定めています。罵倒によって精神的な苦痛を与えた場合、慰謝料請求の対象となり得ます。
就業規則に違反すれば、けん責、減給、場合によっては解雇といった懲戒処分の対象になります。ただし、適正な処分のためには、就業規則に根拠規定が定められていることと、やり取りの録音や同席者の証言など、客観的な証拠が欠かせません。また、被害を受けた上司の精神的損害を立証するには、心療内科やメンタルクリニックなどの受診も考えられます。
——部下の言動に悩む上司はどんな行動をとるべきでしょうか
心身をすり減らしながら部下の言動に耐える必要はありません。まずは冷静に証拠を残すことが第一歩です。そのうえで、以下の対応が考えられます。
・メールや会議録、録音などで具体的なパワハラ行為の記録を保存する
・パワハラによって疲労困憊し、不眠や、抑うつ感などの症状が出ている場合は医療機関を受診する
・顧問弁護士や労務担当者に相談し、懲戒手続や配置転換を検討する
パワハラは「上から下に行われるもの」との思い込みが根強いですが、法律上は加害者が誰であれ、必要性と相当性を欠く言動で職場環境を害する場合にはパワハラに該当します。
上司や経営者であっても被害者となり得るのです。泣き寝入りせず、記録を取り、専門家に相談しながら、冷静に対応していくことが大切です。
【取材協力弁護士】
正込 健一朗(しょうごもり・けんいちろう)弁護士
弁護士・社会保険労務士として、主に使用者側の労務問題に取り組んでいる。紛争案件だけでなく、セミナー・研修や社内規定整備・制度構築さらには企業文化醸成による予防法務にも力を入れている。経営法曹会議会員。
事務所名:正込法律事務所
事務所URL:https://shogomori.com/

