●メディア不信になる当事者、現場で新たな報道事例を作る重要性
──当事者とは、加害者とされた人たちですか。
そうです。彼らは強いメディア不信を抱えていて、最初はカメラを向けることもできません。無理もありません。当時のニュース映像には、逮捕時の顔や実名が出ている。当事者から見れば、捜査機関だけでなく報じたメディアも不信の対象でした。

──「冤罪を作る側にいるのかもしれない」という問題意識につながったのですね。ただ、メディアの警察担当になると、日々の事件に追われる。現場から報道を変えるのは難しいように思います。
だからこそ、「逮捕報道中心主義」という言葉を作りました。マスメディアがどういう考え方で事件報道をしているかを自己認識することから議論を出発できないかなと思ったからです。
逮捕時に実名か匿名か、といったゼロか百の論争では前に進みません。現行の指針を抜本的に見直すことを待つ余裕もないので、運用でできる工夫を積み重ね、新たな報道事例を増やすことも大事だと思いました。
テレビや新聞が「オールドメディア」と呼ばれるのは、前例に縛られているからじゃないかなと。事件報道でも、これまでとは違うやり方を試すことが必要で、今回の映画もその一つの実践例と言えるかもしれません。

●「記者は揺さぶられるのが仕事かもしれない」
──なぜ報道の世界に飛び込もうと思ったのですか。日本では、珍しい経歴です。
無実の人を救う姿に憧れて弁護士を目指しましたが、有罪ありきの現実に絶望しました。その後、関西テレビに企業内弁護士として入社しましたが、「刑事司法から逃げたという後ろめたさ」が消えませんでした。
企業法務をやりながら、「一度は現場に出たい」という気持ちが募り、記者職への異動を志願し、入社8年目で記者になりました。

━━映画で印象的だったのは、刑事弁護で知られる秋田真志弁護士が「まず信じる。騙されるのは弁護士の役割ですよ」と語る場面と、上田さん自身の「時には記者も、信じることから始めるべきだろうか?」と語る場面です。「推定無罪の原則」がないがしろにされている報道現場で、記者はどう向き合うべきでしょうか。
取材相手を信じるべきかどうか、結論はまだ出ていませんが、信じることから始める取材があってもいいと思うようにはなりました。でも、現状、多くの記者は「警察を信じること」から始めているんじゃないかと思うことがあります。
記者が事件の真実に辿り着くなんてことはほとんどありません。無実を証明することはできないですし。取材相手が犯人か、無実の人かが100%ハッキリするなんてことはないんだと思います。
だからこそ、揺さぶられる必要がある。どちらを信じるかではなく、答えが見えない中で突き詰めて追求し続けられるかが問われる。
僕は「記者は揺さぶられるのが仕事」だと思うんです。揺さぶられもせず、警察発表を信じて書き続けるだけでは、報道の役割を果たせていない。そう考えています。
【プロフィール】上田大輔(うえだ・だいすけ)
1978年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部、北海道大学法科大学院卒業。2007年司法試験合格。2009年関西テレビ入社、社内弁護士として法務担当。2016年に報道局へ異動し記者に。大阪府政キャップ・司法キャップ等を経て現在「ザ・ドキュメント」ディレクター。

