どうして、そんなことするの?
どうしたら言うこと聞いてくれるの?
うまく遊んであげられない…
初めて親になったとき、子どもと接するとき、多くの人が戸惑いを覚える「子どもの世界」。
この「わからなさ」のために、ときに辛くなったり、イライラしてしまう人もいるかもしれません。
「それじゃあ、もったいないわよ!」
と笑うのは、“子ども側に視点を置いた保育”を実践する「りんごの木」の保育者・柴田愛子さん。
実はとてもシンプルな心持ちや少しの工夫で、「わからない」が「おもしろい」に変わっていく。
そんな愛子さんの子どもに向けた眼差しをヒントに、子どもとの暮らしの楽しみ方を見つけてみませんか?
子どもって本当に、おもしろいんですよ。
「早弁、いいんじゃない?」りんごの木子どもクラブから"ルール"が消えた理由
34,193 View「子ども側に視点を置いたら、見える世界が変わった」と語る保育者・柴田愛子さんの眼差しから、子どもも大人も幸せに暮らすためのヒントが見えてきました。
柴田愛子:
りんごの木代表。保育者。1948年東京生まれ。
私立幼稚園に5年勤務したが、多様な教育方法に混乱して退職。一度はOLを体験してみたが、子どもの魅力が忘れられず、私立幼稚園に5年勤務。1982年、仲間3人で、トータルな子どもの仕事をめざし、横浜市都筑区に「りんごの木」を創設した。
35年以上に渡り、「子どもの心により添う」を基本姿勢とした保育を展開。子どもたちが生み出すさまざまなドラマを大人に伝えることで、子どもと大人の気持ちのいい関係づくりをしたいと願い、子育てや保育の本や絵本の執筆、講演など幅広く活動中。
「りんごの木」という大きな家族
夏の日差しが照りつける中、編集部が訪れたのは、横浜市都筑区にある「りんごの木」見花山教室。
愛子さんのお話を聞く前に、まずは園内を見学させていただくことにしました。
住宅街を歩き、小さな門を通り、まず目に飛び込んできたのは、ビニールプールではしゃぐ子どもたちの姿。
プールの時間なのかな、と思ったら、そこにいたのはたった2人だけ。
「入りたい子が入りたいときに遊んでるんですよ」と、保育者の方。
見花山教室に通うのは、2〜3歳児。子どもたち一人ひとりのタイミングや興味感心に寄り添う、あたたかな眼差しが伝わってきます。
一方、部屋の中からは何やら賑やかな笑い声が。
押し入れの中から…
ジャンプ!
「危ない」と止めるどころか、保育者も一緒にジャンプ!心からの笑顔が印象的です。
そんな中、隣りの部屋からは「いただきまーす!」の声。あれ? まだ10時のはず…。
「遊びに没頭できないときや、お母さんに会いたくなるときに子どもたちって口寂しくなるんですよね。早弁にも理由があるんです」と保育者の方。
「りんごの木」では一人ひとりのペースに合わせ、“早弁”もOKとしているそう。お弁当を食べ始めた子どもからは、自然に笑顔がこぼれます。
できるだけ「ダメ」と言わず、一人ひとりの「やりたい!」に寄り添うのが、「りんごの木」スタイル。
子どもの側に視点を置くことで、「押入れには登らない」「廊下は走らない」「ごはんは12時から」といったルールは、要らなくなったそう。
子ども18人、大人3人。
「りんごの木」見花山教室には、まるで大家族のような、おおらかで優しい暮らしがありました。
「正しい子育て」なんて見つからなかった
さて、ここからは別室へ移動。すぐ側に子どもたちの息づかいを感じながら、柴田愛子さんにインタビューさせていただきました。
―― 「りんごの木」の子どもたち、本当にいきいきと生活していますね。そして愛子さんはじめ、保育者の方々からは、子どもの世界を心から楽しんでいらっしゃる様子が感じられます。
あら、そう?
―― そもそもの話ですが、愛子さんが「子どもっておもしろい!」と思ったきっかけは何かあったんでしょうか?
私は5人兄弟の末っ子なんだけど、私が高校生のとき、長女が結婚して同居したのよね。
それで、家に赤ちゃんがいたのよ。
誰も教えないのに寝返り打つようになったり、ハイハイするようになったり…「人間ってすごい!」って思うようになったの。
おもしろくておもしろくて、高校に行きたくないくらいだった(笑)。
―― へぇ、原点は高校生のときなんですね。
それでね、こうやって生まれてきた以上、「生まれてきてよかった」と思える人生を送ってほしい、そのための手助けをしたいって思ったの。
それが今の私の“種”だったのかな、って。
―― それで、幼稚園の先生に?
母が幼稚園の先生をしていたこともあって。
でもね、先生として10年間、「正しい子育て」とか「正しい幼児教育」ってなんだろう? って一生懸命勉強したんだけど、どうやら正しいものなんてないって思ったの。
―― 正しいものはない、ですか?
そう、私たち大人は「こういう子に育てたい」って、自分の中に“子ども像”があるから、努力しちゃうんだと思うの。
でもね、大人の思い通りに子どもは育たないし、大人が努力すればするほど、子どもは窮屈そうなのよね。
だいたい、子ども自身に育つ力はないのだろうか?私は子どもを見ていなかったんだ、ってことに気付いちゃったのよね。
大人の日々の過ごし方や指導では、子どもは変わりゃしないのよ(笑)。
それで「りんごの木」を立ち上げて、子どものやることを、よっぽど迷惑とか危険を伴わなければ「まあいいか」っておおらかに見守ることにしたわけよ。
どう育てようかではなく、どう育っているのかってね。
そうしたら、子どもが見えてきたの。
子どもは、「汚い」「うるさい」「危ない」
―― 「正しいものなんてない」と聞いて、なんだか肩の力が抜けてきました。じゃあ、子どもの隣りにいる大人のできることって何でしょう?
諦めるのよ(笑)。
―― え…?
子どもってさ、「汚い」でしょ、「うるさい」でしょ。それから、「危ない」じゃない。
それって太古の昔から変わらないんだけど、大人の望む環境は、どんどん「きれい」になってる。
だから、求められる子ども像とのギャップがこ〜んなに大きくなっているの。
そのしわ寄せが、子どもに来ちゃうことが多いのよね。
でも、乳幼児に「汚いでしょ!」って取り上げて、「うるさい!」って怒鳴ってたら、本来の育ちができない子になっちゃう。
さらに言うと、実は子どもの行動の裏には発達が関わっているのよね。
なんで障子に穴を開けるかって、指が思うように動くようになって、プッシュできるようになるから。リモコンやスマホも同じよね。
自分が働きかけると相手が反応するってことを楽しんでいるのよ。
それが終わるとね、今度は指でモノを挟めるようになって、何が始まるかって言ったらそれがティッシュに行くのよ。
―― ティッシュ…!際限なく取りますよね〜。
そうそう。子どもってね、自分の機能が発達してくると、うずうずしてきて、発達に合ったものがちゃんと見えるのよ。
人間として育つ能力を子どもは持ってるってことよね。
そう考えて、私は「子どもは汚い・うるさい・危ないなんだ」って諦めてみたの。
そうすると、「なんでそんなことするの!」って思う気持ちも少しは落ち着くわよね。
ティッシュを2箱以上ムダにする子はいない?
―― なんだか愛子さんのお話を聞いていると、子どもたちの行動の一つひとつが本当に愛おしく感じられますね。大人が邪魔しちゃいけないな、って。
でも…。毎日の暮らしの中で、「発達してるんだなぁ」っていつもあたたかく見守るなんて、私にはちょっとできそうにないです…。
そうよね~。大人にも「こうしたい」という思いがあるから、子どもが邪魔者になっちゃうこともあるわよね。
だからどこに折り合いをつけるかってことなのよ。子どもと大人がどう同居していけばいいか、大人が考えて工夫するの。
―― 工夫、ですか。りんごの木ではどうしているんですか?
たとえばティッシュなんてね、取り上げずにあげるのよ。安いのを買ってきてね。
私の経験上、2箱以上やる子はいないから。
もったいないと思うなら全部たたみ直して、また取り出せるように箱に入れてみたらどう?
私、やってみたんだけど、これが案外おもしろかったりするのよ(笑)。
水遊びも、部屋の中で始まったら「ここでやってほしくないから、お庭でやって」って言うの。
そうすると、子どもは「いいよ」って言うのよ。だってやりたいだけだから。
あと、片付けはできなくても当然なの。片付けが好きな動物なんていないからね。
りんごの木では、その子がお昼食べる時と帰る時に、大人も一緒に片付けているのよ。
子どもに対する要求は少ないほうがいいから、回数を減らすの。
―― なるほど。どれも子どもと一緒に暮らすための工夫なんですね。
私たちが「こうあるべき」って思っていることは、きっと間違いではないけれど、そうしなければ生きていけないほどのものではないかもしれないわね。
子育ての一番のバロメーターは子どもですよ。
本来は子どもに任せていいと思うの。
子どもがキラキラ目を輝かせてやっていることは、何かの足しになっていて、大人を困らせるためにやっているなんてことは滅多にないと思うわ。
目くじらを立てるようなことではないことは諦める。自分がどうしても耐えられないことについては、工夫をする。
私はね、半分諦めて、半分工夫をすることにしたのよ。
そうしたら、見える世界も変わってきたの。
(執筆:池田美砂子 / 写真:中野亜沙美 / 企画編集:三輪ひかり)
後編・番外編はこちらから読めます。
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