「心のどこかでは、もっと若くて、もっと技術があって…。
そんな人がフォトスタジオに採用されるかもしれないと思っていました」
34歳・主婦
でも夫は書類選考に通った!
すごいじゃん!
基本的に優柔不断で、石橋を叩きまくらないと渡れない夫が、遠くの光だけ見つめてその橋を渡ったんだ。
橋の先に道があるかどうかはまだ分からないけど…。
そして私たちは円田家恒例のほうれん草収穫に参加して、一緒に手伝いをした皆さんと共に園芸振興会ほうれん草部・会長の自宅で少し早めのお昼ご飯をいただくことになった。
和室に並んだローテーブルの周りに15人ほどがずらりと座り、皆で「いただきます!」と声を出し、食べ始める。
家族の選択は、時間がかかっても一歩づつ…。 / 27話 sideキリコ
25,454 Viewキリコ、奏太と一緒に小さい頃からの家族行事「ほうれん草の収穫」に参加しながら、これからの人生に向けて決意を固め始めた満。
そして岐阜にある満の実家近くの公園で出会った男の子、圭吾との関係が少しづつ変わってきた奏太。
円田家は、まだ見えないながらも新しい道を進んでいる――。
第27話 side キリコ
野菜中心のお料理たちはどれも美味しくて、すべて目分量で味付けするおばさまたちの主婦歴の長さを感じる。
みんなで泥あそびをした子どもたちも気持ちがいいくらいモリモリと食べていて、それぞれが自由に座っているもんだから、もはやどの人がどの子の親なのか分からない。
奏太も私と夫の隣ではなく、少し離れた席にいる義母・真由美の膝に座って食べている。
なんか…いいな、大家族みたい。
10代のころグレていた義兄・ツヨシが、この会にはちゃんと参加していた気持ちが分かる気がする。
「これ、さっきとったほうれんそう?」と急に声をかけられて見ると、いつの間にか奏太が夫の膝に座っている。
満 「そうだよ」
奏太 「へー」
キリコ 「食べてみる?」
奏太 「うん!」
いつもは「やさいきらい」「おいしくない」「にがいからやだ」とか言ってあんまり食べてくれないのに、今日はご機嫌で食べてるし。
やっぱり自分で取ったやつは美味しいですか?
その後、解散して自宅に帰ると円田家の皆さんは当たり前のように昼寝を始めた。
真由美 「キリコちゃんの布団も敷こうか?」
奏太 「ねむくないー! こうえんいきたいー! ママ!」
キリコ 「んー、とっても昼寝したいんですけど…公園に行ってきます」
初めての農作業で興奮しているのか、全然寝る気配のない奏太を連れて私はいつもの公園に向かった。
公園には抱っこひもをしていない圭吾ママと圭吾が砂場で遊んでいた。
あれ? ミナちゃんは?
圭吾 「あ! そーたくんだ!」
キリコ 「こんにちは」
圭吾ママ「こんにちは。あ、あそこにいるの夫です」
圭吾ママが指さす方を見ると、ベンチに男性が寝そべっていてその傍らにベビーカーが置かれている。
ほうほう、ミナちゃんは寝ているのね。
あ、パパもか。
圭吾 「そーたくん、でんしゃの本かりてきたよ」
奏太 「なに? なんのでんしゃ?」
電車、という言葉にピクリと反応した奏太は圭吾の横に座り、圭吾が持っている本を覗き込む。
圭吾ママ「さっき図書館で電車の本を借りてきたんです。『奏太くんと一緒に見る』って言って」
圭吾 「ねぇ、とーざ線ってどれ?」
奏太 「とーざ線?」
圭吾ママ「東西線でしょ」
圭吾 「とーざ線」
奏太 「とうざい線だって言ってるでしょ! かして!」
圭吾から本を奪い取る奏太に、圭吾はまったく怒らない。
なんて心の広い子なんだ…。
子どもは親に似るっていうのがほんとだとしたら、圭吾の両親は穏やかなんだろうか…。
圭吾ママ「ふふ、2人とも真剣な顔。同じ背格好が並んでると可愛いですよね」
キリコ 「そうですね。あの、圭吾くんって何月生まれなんですか?」
圭吾ママ「5月です。5月1日」
キリコ 「あー、じゃあ奏太と近いんだ。奏太は4月27日なんです」
圭吾ママ「4日違いですね。そんなに近い子は今まで周りにいませんでした」
言われてみれば…うちもそうだな。近くても夏生まれの子で…。
…あー、だからか。
だから奏太は圭吾と妙に張り合ったりしてたのかも。
今までは自分が何でも一番に出来る立場だったけど、圭吾は同等な感じだもんな。
小学校前の月齢の差って大きい。
でも年取ると3月が一番若くて最高なんだけど。
そんなことを考えていると、「こっちに引っ越す予定があったりするんですか?」とまだ答えの出ない問題を圭吾ママが突っ込んできた。
人に話すことで見えてくることもあるから、私は現状を丁寧に伝えてみた。
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