この程、我が家の長男が 定期と任意とにかくすべての予防接種をコンプリートした。
第1子の長男を産んで育てて11年。
長男を育ててきた3つの自治体、そしてその時にお世話になった医療機関の先生方の手で母子手帳の『予防接種』欄がきれいにすべて埋まった日は、結構感無量だった。
「いやー終わりましたね長男君」
「終わりましたな、お母さん」
自分の体に針を刺す事が好きな人は大人にも子どもにもいないと思う。
でも長男は度を越して痛みに敏感で、少し前に採血をする事があった時なんか、説得する段階で30分近く親子で言い合いになり、いつものんびりした口調の優しい主治医から
「ごめんやけど、外で話し合ってきて」
と一度診察室を追い出されたというなかなかの男で、私達親子はこれまでの歴戦の証を目の前に互いの健闘をたたえ合った。
「頑張りましたな長男」
「頑張りましたなお母さん」
そして私はその長男の手を取ってこう言った。
「で、今年のインフルエンザの予防接種ですが」
そういう事を言うと、息子はスタコラ逃げていく。
そう、乳児から児童の時代の11年をかけて母子手帳に記載してある予防接種をすべてコンプリートしても、冬の訪れる前、紅葉が始まる直前の今頃の季節にはインフルエンザの予防接種がやって来る。
年中行事なんだからもういいかげん慣れなさいよと思うけど、長男もそして今9歳の長女もこのインフルエンザの予防接種の予定がカレンダーに書き込まれると心中穏やかではないようで。
「えー!マジか!?」
カレンダーの予防接種という書き込みを見つけて頭を抱えている長男を「ハイ、マジでございます」と一刀両断するのもまた秋の恒例行事。
まだカレンダーに書き込まれている文字が読めない次女だけが何も知らずに
「ビョーイン?イキターイ!」
嬉しそうに諸手を上げる。
基礎疾患持ちの次女は生まれてこの方、月に1回は足を運ぶ大学病院に慣れ親しみすぎて、というよりも生後2ヶ月から担当してくれている主治医が好き過ぎて、病院に行くという事自体がもう遊びに行くのと同義になってしまっている。
しかし昨今の予防接種の予約の困難ぶりは何なんだろうか。
我が家よりもう少し牧歌的な地方に住んでいる知人友人からは「え?そう?予約して打ちにいくだけじゃん、何がそんな大変なの」という意見も聞かれるけれど、それなりの都市、人口密集地のインフルエンザワクチン争奪戦は年々加熱してきている気がする。
だってこの時期、暑い夏がやっと終わり、そして子どもの運動会だ、遠足だ、そして冷え込む前に子ども達の衣類の入れ替えをして
もしかしてその服全部つんつるてん?
これも着れませんか?
走れ某衣料品量販店に!
という季節の変わり目の雑多な行事と家事を済ませてやっと「あ、そうだインフルエンザの予防接種を」と思い出して、近隣のアクセスの良い小児科に予約を入れようとホームページを開くようでは
【インフルエンザ予防接種受付は終了いたしました】
大きな文字の表示がまず目に飛び込んで来て、白目を剥く羽目になってしまう。
去年、長男長女については近隣の小児科のワクチン争奪戦に大敗。
致し方なく家から結構距離のある、しかも予防接種の為に設けられた時間枠が確実に小学校を早退させないと無理という難度の高い内科医院でワクチンを接種する事になった。
こういうの、正直とてもしんどい。
しかも多分普段は成人ばかり扱っているのだろう件の内科医院の先生が、痛みに過敏すぎる長男とその長男が嫌がる様子を見て怯えて泣く長女を扱いきれず、ついでに介助というか補助に入る看護師さんも普段暴れる子どもなんか押さえつけたりしていないが故に、母である私が1人で暴れる長男を何とかする羽目になった。
多分、当時の長男の身長135㎝程度、体重27㎏位。
学年の中では少し小柄でかつ細見の長男とは言え渾身の力で暴れられると意外と私1人では抑えが利かずとても大変だった。
その上何とか押さえつけてコトを終えたら終えたで
「めっっちゃ痛い!この人下手なんちゃう?俺この人もうイヤなんやけど!」
という多分この道ウン十年のドクターに対して失礼極まりない暴言を吐いて、もうここには来年来られないと思ったものだった。
自主的出禁。
いいか、長男よ、オマエが暴れて力を入れるから余計に痛いんや。
だからこそ、去年の反省を生かし、私の今年の動きは早かった。
子ども達3人のかかりつけにする事にした新規の小児科医院のホームページに「インフルエンザ予防接種の予約受付開始のお知らせ」が出るのを虎視眈々と待っていた。
そして
『インフルエンザ予防接種受付開始のお知らせ』
この表示を見た瞬間、高速で子ども達生年月日あと診察券、必要な情報をすべて打ち込んだ。
この時子どもが複数いる人はみんなそうなると信じているのだけれど、子どもの名前と生年月日が超混ざる。
そして私はこういう時、自分の3人の子ども達の名前があまり親のこだわりの感じられない、漢字一発変換ネームで本当に良かったなあと思う、予測変換バンザイ。
そしてタイミングを過たず9月の段階で3人分のインフルエンザワクチンを無事確保。
それは10月半ばから開始されて11月末に打ち終わる。
我が家の子ども達は全員まだ13歳以下だから2回でワンセット。
総額のお値段はご想像にお任せします。
喜べ私、今年は「となり町じゃん」みたいな場所まで遠征する必要もない。
そして小学校が休みの土曜日に殆どの接種日を確定させた。
あの暴れ馬長男の接種は全部夫に行かせよう。
ところで、2歳10ヶ月になる次女は滅法気が強い。
次女の病院は採血の場合親が立ち会わないのだけれど、そこの処置室にホイと本人を放り込み、悪態なのか泣き声なのか何か分からない絶叫をドア1枚向こうに聞きながら待つこと数分。
「この子は根性が座ってる、それに力が強い」
と看護師さんに誉めそやされながら私の手元に返って来た。
もしかしたら中で何人かぶん殴って来たのかもしれない、だとしたらすみません。
何をしてたんや採血以外に。
それで、次女だけが長男長女に先駆けて出かけたインフルエンザの予防接種のその日も、次女が怯えて泣くとか、診察室に入った瞬間に逃亡するとかそういう事は起きないだろうとは思っていて、むしろ自分に注射針を向ける先生にキレ散らかして蹴りが入らないか、もしくは看護師さんに右ストレートをかまさないかそればかりを気にしていた。
一応
「いいですか娘②ちゃん。予防接種ですよ、お注射ですよ」
そう説明はした。
事前にくどい程。
でもまだそういう事実が分かっているのか分かっていないのかよくわからない微妙な年ごろの次女は「アイ!」と元気よくお返事はしていたが果たして……。
流石に注射のその瞬間には暴れないように私が膝に抱いて固定はしていたものの、次女はひとこと「イタイ!」という苦情と言うか小さな叫び声を上げただけで、特に暴れもせずにとてもスムーズに接種を終えた。
「次女ちゃん、がんばったな」
「ウン、次女チャンガンバッタ~!」
これがあの兄、前述の予防接種で毎回私と医師と3つ巴で死闘を繰り広げている長男と同じ親を持つ子どもなんだろうか。
『頑張りました』のご褒美シールを貰い、先生からも看護師さんからも、何なら受付のお姉さんからも「エライ」「凄い」「頑張った」と褒めそやされて、鼻高々の次女はこの病院の帰路
「次女チャンガンバッタカラー」
と言って、ドーナツをきょうだい3人分買わせて、そして帰宅してから兄と姉である長男長女に
「次女チャンガンバッタカラ」
と言いながらそれを振舞っていた。
アタシが頑張ったから2人はドーナツが食べられるのよ、アタシのお陰なのよ。
「次女ちゃん泣かなかったの?」
そのタナボタドーナツを食べながら長男と長女が小児科での次女の様子を聞いてきたので私は
「いやー2歳であれだけ堂々注射に挑んだのは我が家の中では次女ちゃんが最初で最後だね。
今日世界で予防接種を受けた2歳児の中でも3本の指に入ると思うよ、あの立派な態度は」
世界て、自分よ。
とにかく、まだたった2歳の妹がこんなにしっかりと立派な態度で予防接種に挑んだんだから、11歳の長男君が大あばれしたり、9歳の長女ちゃんが大泣きしたりしたら流石に恥だよ、やばいよね。
そう吹聴しておいた。
外堀を地味に掘って埋めると言う作戦。
まあ半分ホラだけど。
さて、この2人の接種はこれを書いている今週の末になる。
ここまで私が深謀遠慮を張り巡らして頑張ったんだから、ワクチンよ、しっかり効いてほしい。
そして私は来る冬、本気で平穏に過ごしたい。