アラサー・既婚・子持ち。
それなりに生きてきた人生。
それなりに自由に使えるようになったお金。
小学校2年生時代、毎週100円のお小遣いをもらってやりくりをしていた記憶など、いつの間にか頭の片隅に押しやられていた。
その日、私は久しぶりに実家に帰省していた。
「うわっ、何このぶっさいくなぬいぐるみ!」
実家の戸棚を開けると、中には古びた小さなぬいぐるみが大切そうに置かれていた。
思わず私の心の声が、そのまま口から出てしまった。
タヌキのようなクマのような不細工な謎な生き物。
何だこれ?何の生き物だ?
せめてもう少し、コンセプトだけでもしっかりしておけば、こんな不思議な生き物にならなかっただろうに。
というか、いらないものは容赦なく捨てていく母が、こんな古びたぬいぐるみを大切にしているなんて珍しいことだ。
父のジオラマなんかは、勝手に捨てて文句を言われていたくせに。
「懐かしいでしょ?覚えてない?」
老眼鏡をかけて読書していた母は、嬉しそうに微笑みながら答えた。
「あんたが小学校2年生の時だったかな、母の日のプレゼントにってくれたぬいぐるみよー。」
不細工なぬいぐるみを見て話す母の顔が、みるみる締まりのない緩んだ顔になっていく。
戸棚にあった古びたぬいぐるみ。母の頬が緩んだワケが今ならわかる
247 View片づけ上手な実母が大事にしていた古いぬいぐるみ。そこにはある理由がありました。『心に残った贈り物』をテーマに開催された、<Conobie×ネスレ日本 投稿コンテスト>。特別作品賞、もろこしさんの作品です。
言われてみれば、どこか見覚えがあるような…。
…えーっと…あーっと…
……ああ、そうだ!昔、近所の駄菓子屋で売っていたぬいぐるみだ!確か100円ぐらいの。
頭の片隅にあった、当時の記憶が蘇ってきた。
小学校2年生の私。
お小遣いは毎週100円。
その少ない金額の中で、近所の駄菓子屋にお菓子を買いに行くのが楽しみだった。
計画的に貯める…なんてことは全くなく、お小遣いをもらうと駄菓子屋で散財。
好きなお菓子をお小遣い分しっかり買い、心もお腹も満たされていた。
もちろん、懐事情はカツカツであった。
そんな中、母の日が近づいてきた。
いつもの駄菓子屋。
その日、お小遣いでもらったいつもの100円。
目の前に広がる魅惑的な駄菓子と、お店に並んでいるタヌキのようなクマのような不細工な100円のぬいぐるみ。
悩んだ末、大好きな母に喜んでもらいたいと思い、駄菓子を我慢して不細工なぬいぐるみを買ってプレゼントしたのだった。
「いっつもお小遣いを駄菓子で散財していたあなたが、私のために買ってくれたプレゼント。ニコニコした顔で渡してくれて、とっても可愛かったわー。」
緩んだ母の顔に、照れ臭くて私の顔まで緩んでくる。
娘が自分のことを思ってプレゼントをくれた。
大好きなお菓子を我慢して、自分を喜ばせようとぬいぐるみを買ってくれた。
物でもなく、お金でもなく、自分を思う娘の気持ちが、母は何よりも嬉しかったのだろう。
これが、20年以上経った今でも、母が嬉しそうな顔をして大事に取っていた不細工なぬいぐるみの正体だ。
そして時は巡り、現在。
小学2年生だった私もおとなになり、子を産んで母となった。
「お母さん!お母さんにお花あげる!」
祖母となった私の母に連れられ、散歩から帰ってきた3歳の長男。
笑顔で母親である私に話しかけてきた。
右手には、散歩で見つけてきただろう小さな黄色い花が、大切そうに握られている。
「ありがとう!お母さんお花大好きなんだ!」
笑いながら答えると、長男は一層嬉しそうな顔でニコニコする。
小さな器に水を入れ、もらった黄色い花をそこに入れた。
花を見つめながら、長男がどんな気持ちで摘んできたのか想像してみる。
あっ、道端に綺麗なお花が咲いている。
そうだ、お母さんはお花が好きだったよね。
あげたらきっと喜んでくれるはず。
お花を渡した時のお母さんの笑う顔を想像したら、ニコニコ顔が止まらなくなってきた。
そうやって長男は、私が喜ぶ姿を想像しながら、道端で小さな黄色い花を摘んできてくれたんだろうな。
長男が、私を喜ばせようと、私のために取ってきてくれた。
その気持ちが、嬉しくて仕方なかった。
もらった花は、花屋の店先に並んだ花よりも綺麗に思えるよ。
いけない、顔がどんどん緩んでいく…。
きっとあの時の母も、私と同じ気持ちだったんだ。
ああ、今の私、昔の母と同じような顔をしているに違いない。
お母さんはどんな物よりも、あなたの優しい気持ちが嬉しくて仕方ないんだよ。
(ライター:もろこし)
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