久しぶりに実家に帰省するとモササウルスがいた。
28歳の妹のベッドの上に、全長160cmのモササウルスのぬいぐるみがあった。
モササウルスは恐竜だ。
ワニのような口と亀のひれのような手足がついていて、尻尾が長くて背中にたくさんのトゲトゲがついている。
男の子ならとても魅力的に感じる恐竜だろう。
問題は、なぜ28歳の妹のベッドにそれがいるかということだ。
我が家は三姉妹。
自分で言うのもなんだが、しっかり者の長女の私、ちゃっかり者の末っ子、そしてのほほんタイプの真ん中の妹。
プリンセスやセーラームーンなどが大好きだった私とは対象的に、虫や爬虫類が好きだった2歳差の真ん中の次女。
幼稚園のお遊戯会では、女子で一人だけピノキオのゼペットじいさんになり、周りの子が竜宮城の乙姫様をする中、ニコニコしながら亀役をしていた。
小学校の登下校のたびにセミの抜け殻を集め、「ダブルシェーシェーくん」と名付けて喜ぶ姿が可愛かったという話は、母から耳にタコができるほど聞かされた。
だんだんと恐竜に関心をもち、「将来は化石発掘者になりたい」という次女の話に、目を細めてそうかそうかとうなずいていたのは父だった。
真面目で寡黙な父の部屋には、たくさんの特撮怪獣の人形や、恐竜のフィギュアが並んでいた。
父が成人した娘に恐竜のぬいぐるみをプレゼント。親になってわかる気持ち
600 View父が成人した娘に贈ったプレゼントは、巨大な恐竜のぬいぐるみでした。『心に残った贈り物』をテーマに開催された、<Conobie×ネスレ日本 投稿コンテスト>。入選、ぎゅぎゅ子さんの作品です。
母が次女と友達を連れて『化石発掘体験会』に行ったり、両親と次女で「いつか福井の恐竜博物館に行きたい」と話したりしているのを横目で見ながら、実は両親は男の子が欲しかったんじゃないか、と思っていた。
後々私の母子手帳を読み、「パパは男の子が生まれるものと決めつけていただけに、女の子の誕生を聞き頭の切り替えが大変だったよう」の一文にやっぱりな、と納得した。
さて、私は着々と反抗期を迎えて母親といっぱしに口喧嘩をするようになった。
母親の自分を正当化して責めてくるやり方が苦手で、話していると疲れた。
私が「もういい!」と扉を閉めて自室にこもっても、母は「待ちなさい!」と追いかけてきては最後まで突き詰めようとするため、毎度全力でぶつかり、お互い大泣きして抱き合うのがオチだった。
私が落ち着いてきた頃、5個離れた末の妹が早めの反抗期を迎えた。
母と揉めると、お互い相手に嫌な態度をとっては家庭の雰囲気が悪くなることがあり、次女は三女の話を聞いて、慰めたり、励ましたりしているようだった。
その頃の次女は、ゲームやアニメなど趣味の合ういい友達に恵まれ、イラストを描いたり動画を作ったりして、創造的に毎日を楽しんでいた。
「父、知ってる?静岡に爬虫類専門の動物園があるんだよ」
「IZOOだろ?」
あまり爬虫類を可愛いと思えず、特に蛇が苦手な私はまったく興味がなかったが、父と次女には通じる世界があるようだった。
仕事を頑張る父と、部活やバイトや友達や彼氏を優先していた私では見ている景色が違ったが、次女と父には特別な絆のようなものがあると感じていた。
結婚を機に私が家を出た後は、なんと母と次女が些細なことで口論する姿があるらしい。
話を聞くとどちらが悪いというわけではないが、一緒に生活していく中で些細なことが積み重なり、イライラしてしまう場面もあるだろう。
帰省時に母は「あの子は反抗期がなかったから、いま遅れてやってきたんだろうね」としみじみ話していた。
次女は自分の机周りを好きな作品のグッズやナチュラルな造花で飾り、爬虫類や可愛い動物の小さなカプセルトイを並べつつ、やはり楽しそうに暮らしていた。
自分の好きな世界観は大切に守りながらも、仕事に趣味にと充実した毎日を送っているように見えていた。
そんな次女だが、バイト先の辛い人間関係のことを打ち明けられたのは辞めた後だし、職場の労働環境が大変なことも、彼女が転職するまでよく知らなかった。
のほほんと見えていた次女が、実は忍耐強くてどこまでも人に優しいことを、私は家を出て離れてからより強く感じていた。
そんな妹が30歳になるまでに一人暮らしをしたい、と言い始めた。
新型ウイルスの影響でなかなか家探しが困難になるかと思いきや、すごく良い条件の家が見つかったとかで、急に一か月後の入居が決まった。
末っ子はとても寂しがり、「お姉ちゃんがいなくなるなら、彼氏と同棲しようかな~」と話していたらしく、その話をする電話口の母はいつもより口数が少なかった。
とにかく詳しく話を聞こうと帰省したら、160cmのモササウルスのおでましというわけだ。
「デカいよね…。父ったら、どういうつもりで…」
どうやら、父が妹に新居祝いでプレゼントしたらしい。
帰省の楽しみである夜中の三姉妹でお酒を飲む会で、ぬいぐるみを持て余した次女は困惑して話していた。
でも、実際のところ父がどういうつもりかは、私たちは分かっている。
娘が喜ぶと思っているんだ。
年頃の娘とどのように関わるといいか分からない父は、よかれと思って突然贈り物をする習性がある。
三女が高校の時にスポンジボブにハマっていたら、大学生になって「好きだろ?」とボブのコップを渡していた。
新居に引っ越して北欧のインテリアに憧れる新婚の私に「お前が好きなジブリのやつ見つけたから」と、派手すぎるトイレマットと便座シートをセットで2組もくれた。
父のなかでタイムカプセルのように私たちは今よりもっと娘のまま止まっていて、その頃の私たちを想ってくれるのが痛いほど伝わる。
自分を想ってくれる特別なプレゼントが時間差で届くから、私たちは内心戸惑いながらも「ありがとう」とその場は笑顔で受け取ってしまう。
だって考えてみて。
「いらない」とはなかなか言えないよ。
お店屋さんで160cmのモササウルスを抱えて、お会計して、エレベーターに乗る父の姿が想像できてしまうから。
袋に入らないほどの巨大なぬいぐるみを車に積みつつ、次女の喜ぶ顔を思い浮かべ、「これはきっと驚くぞ」とにんまりしている父を思うと、悲しくて切なくて胸がぎゅっとする。
父が旅立つ28歳の妹に送った大きな贈り物。
母は荷物を全部持っていきなさいと言うけれど、私はこのモササウルスだけは新居の1ⅮKマンションには置かずに、実家へ寄贈して良いと思う。
このでっかい贈り物は私の帰省に同行する、2歳と4歳のやんちゃな兄弟がいっぱい遊んでいっぱい笑って楽しめるから。
孫の遊ぶ姿を見ながら、父はきっと「良い買い物をした」と内心またにんまりするだろうけど、それを見逃してあげてほしい。
親になってしまった私も、きっとわが子を記憶のタイムカプセルに入れて、一人でその小さな子どもたちの姿を父のように追いかけてしまう気がするから。
愛情深い父に似て、きっと私たち三姉妹は過去にとらわれるし、タイムカプセルの記憶に出会う度に、またそんな父のことを切なく想うのだろう。
でかすぎる実家にある160cmのモササウルスは、そんなタイムカプセルを開ける鍵の一つなのです。
(ライター:ぎゅぎゅ子)
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