1月、本格的な『受験』というものの季節が始まりますね。
しかし私はそういう本気の受験戦争に参戦した経験がないまま大人になった気がするんですよね。
大体そもそも受験というもののスタートである高校受験を経験したのは、本当にのんびりとした牧歌的田舎で
「高校、それは公立のみ」
という世界。
もちろん私立高校は地元にも何校か存在していたけれど、私が中学生だった当時の地元は私立高校というものが、それがどんなに部活や学業で輝くような実績があったとしても何故だか『公立の滑り止め』という地位に甘んじていて、とりあえず先生の言う近くの公立に行きさえすればいいという考え方が漫然とあった…のは一体何故なのかそれは謎です。
そしてそれから2年位の時間が過ぎ、次に大学受験の季節が巡って来ると、私のような田舎の公立高校の子ども達はまず「地元国立に行け」と言われたものでした。
特に私が女子高校生だった遠い昔には、地元では『キンダイ』と呼ばれる北陸の中心地・石川県は金沢市にある国立大学が、例えば東京にある有名私立大よりもずっと価値ある大学だったもので、まずはその大学かもしくは地元の国公立大学、そこを受けて受かって卒業し地元で職を得てそこに根を下ろして生きなさいという空気が何となくあったし、そういうのもアリかと思わないでもなかったけれど、何しろ私は理系科目ができなさすぎて、国立受験に際しては
「救いようがない程5教科の点数のバランスが悪い、特に数学は小学校から出直すべき、そもそも四則計算が解っていないんじゃないのか」
と数学教師に「現国古文がどんなに好きで得意でも数学がこれでは…何故なんだお前は」と泣きそうな顔でなんとかしろと訴えられ、それで一念発起して数学を猛勉強…していたなら未来は少し違ったかもしれないけれど、基本的に
「苦手なものは仕方ない」
そう考えてすぐに潔く諦めるタイプだった私は、だったら私立があるじゃないと、親に無理を言って都会の、と言っても田舎者の自分には何やら首都・東京に足を向けることが恐ろしくて、間を取って関西の私立大学を受けることにしたのだった。
3教科に絞ってしまえば私にも十分勝ち目はある、人生とは戦略である、国語と英語と世界史で俺は勝つ。
3教科の中でたいして得意では無かった英語は単語と熟語と構文を闇雲に暗記してそれを繋げて長文を読み解いた、まさかの文法無視。
そして一応勝った。
それで何とか関西の私立大学の合格通知を手に入れた私は意気揚々、大学のある京都の地を踏んだのだけれど、そこで出会った同級生たちの、特に現地関西で育ち関西に進学した子達の持ち物服装雰囲気全部が、富山の田舎からやって来た私とはあまりにも違っていて愕然とした、そんな18の春。
加えてみんなちゃんと大学受験に際しては予備校に行き塾に行っていたのだった。
えっそうなんそういうものなの。
それで私は、何かの時に「自分の実家の周りには高校生に勉強を教えてくれる塾や予備校どころかコンビニも無かった」のだと話して都会育ちの同級生達に
「それって日本?どこの秘境?」
相当に驚かれた。
事実、私の地元には結構最近まで日本最大手の某コンビニが無かった。
公開 2022年01月11日
「受験生の親」ムズすぎる…!学生+幼児育児が相性わるすぎハードモード
13,246 View我がこととして頑張っていた受験やそのための勉強、親の立場に立った時には当たり前ですが少し景色の違うものでした。
※ この記事は2024年10月19日に再公開された記事です。
毎日嵐でございます
#43
きなこ
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