長男は本当に食べない子だった。
生後6ヵ月になり、そろそろ離乳食を始めるよう小児科の先生に言われた私は、その足で書店へ向かった。
育児書のコーナーにはさまざまな離乳食の本が並んでいる。
それまではおっぱい一辺倒だった我が子が初めて口にする〝食事〟なので失敗はできない。
吟味に吟味を重ねたうえ、背表紙に「〇〇大学名誉教授監修」とあるなんだか偉そうな人が書いた本を選んでみた。
私は肩書きにめっぽう弱いのだ。
まずは10倍粥からである。
おかゆというより、もはやお湯。
しかも味付けはない。
こんなものを食わされる赤子が不憫でならなかったが、とりあえずマニュアルに従っておけば安心と、分量どおりにきっちり作った。
「今日からまんま食べようねー」
目の前に差し出されたスプーンを不思議そうに眺める息子だったが、本能的に食べ物とわかったのか、口をパクパクさせてせがむようなそぶりを見せた。
「もぐもぐだよー」
おそるおそるスプーンを口の中に差し入れるやいなや、息子の顔が歪んだ。
いままで甘くておいしいおっぱいしか飲んでなかった人間にしてみれば当然のリアクションである。
それからというもの、おかゆを口に入れてはベーされる日々が続いた。
離乳食の本には「赤ちゃん大好きメニュー」とあるのに、ウチの子は見向きもしない。
甘いモノなら食べるだろうとサツマイモやカボチャのピューレを混ぜてみたり、高級な食材なら食いつくはずと天然ヒラメの刺身を雑炊に入れたりすることもあったが、すべて不発に終わった。
10倍粥のフェーズが終わり、ようやく人間らしい食事になっても丹精込めて作ったご飯は食べず、ひたすらバナナを求められることもあった。
「なんで食べないの?」。
手作りしたおかずが盛大に残されたプレートを見て、涙が止まらなかった。
ある日、夫に「子供に食事させてるときの顔、すごく怖いよ。そんな顔してたら食べる気もなくなるよ」と言われ、私のなかの何かが壊れた。
もう何も作りたくない。
どうせ何を作ったって食べないんだから。
家事も育児も放り出して、布団をかぶって一日中泣いた。
そんな私を救ってくれたのは能天気な友人だった。
彼女もまた同じ年頃の子供を持っていた。
「うちもふりかけご飯しか食べない時期があったけど、とりあえず生きてるよ! 見た目を変えると食べることもあるから、野菜を型抜きしてみたら?」とアドバイスしてくれた。
あっけらかんとした彼女の言葉を聞いていたら、なんだか元気が出てきた。
次の日の朝さっそく、ゆでたニンジンをクッキー用の抜き型で星の形にして、スクランブルエッグの横に添えてみた。
「ニンジンにおいしい魔法をかけたよ」と差し出すと、息子は目を輝かせながら口に入れた。
こんなにおいしそうに食事をする息子を見たのは初めてである。
その日を境に、息子はみるみる食べるようになった。
チャーハンの上に旗を立ててみたり、オムライスにケチャップで息子の大好きな車の絵を描いてみたり。
見た目の工夫だけでこんなにも変わるものかとなんだか拍子抜けしてしまった。
育児は毎日が驚きの連続である。
幼稚園に通うようになると「〝まほうのおほしさま〟入れてね」とリクエストする息子のために、お弁当にはかならず星形のニンジンを入れた。
お弁当箱はいつも空っぽになって戻ってきた。
そんな息子も、もう中学生。
先日、家庭科の調理実習で作ったからと、晩ご飯にシチューを用意してくれた。
そこには星形のニンジンが添えてあった。
「〝まほうのおほしさま〟を入れたから、きっとおいしいよ」。
誇らしげに差し出す息子の笑顔に胸が熱くなった。
息子が作ってくれた〝まほうのおほしさま〟は甘くて温かくて、少しだけ涙の味がした。
公開 2022年06月19日
更新 2023年06月12日
布団で泣いた、食べない子の育児。やっと掴んだ希望の“星”とは
37,607 ViewTwitterでも大人気のコラムニスト、そして二児の母の深爪さん。自身の幼少期、そして現在の育児に悩みながらも綴った『親になってもわからない 深爪な子育てのはなし』(深爪著/KADOKAWA)は、笑って泣ける共感必至の育児エッセイ。その一部をご紹介します。
※ この記事は2024年11月03日に再公開された記事です。
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