7月のはじめ、1年に1度しか会うことの叶わないふたりのための日がある。
それは、七夕という呼び名の季節の行事。
子どもの頃、金銀とりどりの折り紙で飾りや吹き流しを作って笹に飾る楽しい七夕は大人になると、それは地域のお祭りとして盛大に盛り上がりますよという方もあるかもしれないけれど、私にとってはちょっとした商業施設の季節の飾りのひとつというのか、風景になって
「フーン、七夕かあ」
そんな風に横目に眺めて3秒後に忘れる、そういうものになっていた。
けれど子どもが産まれて、そして子どもが幼稚園なり保育園なりに通い始めるとあら不思議、七夕は『7がつのおたのしみ』として突然、人生に再登場することになった。
うちの子ども達は、13歳の息子も10歳の娘も、そしていま、まさに現役の幼稚園児である歳4の次女もみんなおなじ幼稚園にお世話になっているもので、季節の行事の思い出がみな同じ。
7月には大きな笹飾りに年長さん年中さん年少さんそれぞれに手作りした七夕飾りの工作を括りつけて天に願う。
わたしたちのお願いごとをかなえてね。
うちの子が幼稚園に入園して最初の七夕は今13歳の息子が年少の時だから、もう10年前のことだ。
当時身長90㎝弱でかわいらしい高い声だった子が今、身長は163㎝で声なんて夫と聞き分けられないくらいの低音になっている。
時の流れと言うのは本当に恐ろしい。
その身長90㎝弱が『ようちえんのおかばん』に大切にいれて持ち帰った、あれは黄色だったかオレンジ色だったかの細長い紙が私は最初なにかわからなかった。
そしてそれに添付される形でついてきた「おうちのかたへ」というお手紙を見て初めて意味を理解した。
『7月7日、幼稚園では七夕まつりを行います。
本日持ち帰りました短冊には、お子様の願いごとを書いて今週末までにお手紙袋に入れてもたせていただきますようお願いいたします』
そうか、子どもがあると、一度生活から遠のいた『季節の行事』がもう一度身近になるんだ。
しかし、3歳児のお願いごととは何だろう。
3歳の子どもが天を仰いで「お願いします、叶いますように」と強く願うことってあるものなのか。
その上、長男は3月の末の生まれなもので、年少児クラスでは一番赤ちゃんに近かったというか、先生方が子ども達のために考えて、提案してくださる保育のいろいろにちょっとついていけていないところもあって、このときも当然
「さあ長男、ママと短冊にお願い事を書こうぜ!」
と言ったところで、そもそも短冊てなんやねんと小首をかしげ、オッ、ちょっとその小さい紙を僕に貸してみてくれとそれを横から引っ張ってビリビリしようと試みた。
それで今より10歳若かった母親の私は
「あのねえ、こんどの7日に七夕のお祭りがあってねえ、その時にこの紙にお願いごとを書いて笹に飾るといいんだって、七夕のお話、先生から聞いたやろ?」
と長男の顔を見ながら諭し、そして彼の願い事を聞いたのだけれど長男は
「しらん」
とそっぽをむいて鼻をほじっていた。
この子は今でもそうなのだけれどホンマにどうでもいいことは、例えば昔うちが所有していた車のナンバープレートの数字とかその手のことは「忘れて」と言っても詳細にそして10年の歳月に洗い流されることなくよく覚えている癖に、例えば幼稚園だとか学校の先生が
「覚えて帰ってね!」
と言った大事なお話に毛ほども興味が持てなかった場合、たいだい全部忘れる。
それでこの時は私が一生懸命
「ホラお願いごとってあるやん、何か欲しいものがありますとか、やりたいことがありますとか、そういうの」
そうできるだけ簡単に説明した、そうしたら最初に出て来た長男の願いは
「スイカたべたい」
だった。
それは長男の好物だった、違うんだ。
それで私が、あのほら将来どうなりたいですとかそういうのよともう一度、今度はもう少し具体的に説明をしたら長男はこの時
「さるになりたい」
と言った。
そうか、霊長類である点では既に叶っているのだがねその願い。
結局この時、3歳の子は私とのかみ合わないやり取りにすぐに飽きてしまって、その七夕の宿題のような短冊に私は「さるになりたい」と長男の言葉をそのまま書いて提出したような気がする。
この辺は記憶が定かでない。
でもその後、丁度七夕のころに参観があって子どもたちが飾ったとりどりの短冊を見る機会があった。
それで他のお友達は一体どんなお願いを書いたのだろうと見たそこには
「警察官になりたい」
「お花屋さんになりたい」
という将来を見据えた明確な職業の名前が記されているのもあったのだけれど
「きりんになりたい」
「カブトムシ」
という抽象的かつ、それはちょっと無理ではないだろうかという、息子と同じ無茶振りシリーズもあり、それから
「せいけいげかのせんせいになる」
という、それはおうちが病院とかそういうことかしらかと、色々想像してしまうものもあって、結局なんだかよく分かってない子と分かりすぎる位分かっている子が混然一体になっていてそれはそれで面白いと言うか、まあそれも含めてお祭りですねという感じ、わかっている子も分かっていない子も、皆とても可愛らしかった。
そして、この幼稚園の七夕の短冊を巡る色々は長女の卒園から3年の時間を空けて去年、もう一度次女の入園によってまた我が家にやって来た。
3年ぶり7枚目のお願いごとの短冊に、次女が書いてと私に頼んだものは
「5かいのかんごしさんになりたい」
だった。
それは何も知らない人が聞いたら
「看護師さんになりたいのは分かるんですが、5階って何故ですか、なんで5階?」
となると思う。
これはこの次女がよく入院するかかりつけの病院の小児病棟が5階フロアなもので、次女は入院する時にいつも5階で待っていてくれる優しい看護師さんのようになりたいと、そういうことらしい。
次女は生まれつきの病気があって、通院や入院が普通の元気なお子さんよりはちょっと頻回にあるもので看護師さんという存在が身近で、それでそんなお願いが出て来たのだろうと思うのだけれど、はっきりと明確なお願いを年少の時に出して来たのはこの子が初めてだったので、私は
「おんなじ親の子でも、いろいろだな」
と思ったものだった。
この子の兄はずっとサルになるとか、鳥になるとか、とにかく転性しないと無理やないかなソレというお願いごとばかりを短冊に書き、そしてこの子の姉はどちらかというと、おばあちゃんに会いたいとか、ケーキが食べたいとか
「おばあちゃんに会いたいのはいいけど、ケーキは、その…買ってあげたこと無いみたいに思われるからちょっと」
という系統のお願いが多かった。
そして今年の七夕、次女が短冊に書いたお願いは、昨年の看護師さんになりたいから一転
「しょうぼうしになりたい」
だった。
次女が普段から「将来はこれになりたい」という職業は大体
警察官
消防士
救急救命士
外科医
看護師
こんな感じ。
私はこれの共通点を「強そう」であるとまとめている、次女は強いモノが大好きなのだ。
しかし、消防士はさすがに病気のせいで運動制限のあるこの子には難しくないかと私が言ったら、うちの頼れる長男は私にこう言った。
「消防庁か総務省に勤めるということで手を打つとのはどうか」
そうか、その手があったか。
ところで、おばあちゃんに会いたいとか、ケーキを食べたいとか、可愛らしいかつ食いしん坊なお願いごとを短冊に書き笹に飾って来た長女は、この消防士を将来の夢としている妹が産まれてから最初の七夕の時に地域の催しで七夕飾りを作るというのがあって、そこで私の代筆ではない、初めて自分の文字で短冊に
「いもうとのびょうきがなおりますように」
と書いた。
それは私にはちょっと忘れがたい七夕の思い出で、実際のところうちの次女の持病というのはもう生涯付き合っていく類のものなので治るという感じではないのだけれど、長女のその時の気持ちというのか、お姉ちゃんとしての自覚のようなものはとても嬉しかったし、七夕はそういう意味では子どもが段々大きくなっていって色々が分かるようになるのだなあと感じる季節の行事だなあと思うのです。