中学生の長男、小学生の長女、幼稚園生で心疾患闘病中の次女、3児の母のきなこさん。
家族との日々について細やかな筆致でエッセイをつづられ、コノビーでも連載中です。
予測不可なカオスばかりが発生しても、どうにかこうにか対応可。
温かく、ユーモアあふれるエッセイ集『まいにちが嵐のような、でも、どうにかなる日々。』(KADOKAWA)より、一部をご紹介いたします。
よく晴れた、汗ばむ陽気の5月の平日、私は遊園地に行った、4歳の娘を連れて。
4歳には生まれて初めての遊園地、私には5年ぶりの遊園地。
と言っても私達にとって別に遊園地という場所は「遠い幻想や……」と言いたくなるような縁遠いものとは違う、自宅は関西だし大阪にはUSJことユニバーサル・スタジオ・ジャパンがある。
ところで私はいつも、
「ホレ、あれよ、UFJてあるやんか」
と日本屈指のテーマパークを国内最大手メガバンクの名前で呼んで13歳の息子に「それ銀行」と突っ込みを入れられてるけどそれはまあ置いておいて、とにかく遊園地に行きたいのなら、在来線で日帰り旅行にもならない距離にそれらはいくつもあるというのに。
それは、末っ子の4歳が生まれてやっと2年という頃から世界に陰鬱な感染症が蔓延し始めて、子どもを連れて行楽地に遊びに繰り出すことがちょっと恐ろしいような怖いようなそんな世界がやってきてしまったことと、その子が先天性の心臓疾患、いわゆる基礎疾患持ちであるためにふだんは酸素ボンベを私が背負っていて、ボンベの制限時間は少し前までなら1本につき3時間、それはちょっと息の長いウルトラマンみたいなものやし、それなら無理に出かけずに今は我慢をしようと思っていたためだ。
そのうちにきっと世界はまた平静をとりもどすだろうし、その時に出かけても別に遅すぎることはないやろ、人類の叡智を信じよう。
そう思っていたのに、人類はその未知の感染症を克服する見込みのないまま、そして末っ子の治療もゴール地点を目前にしてやや足踏み状態のまま、その時2歳だった子は4歳になり、4歳になった子はインターネットにあふれる情報の海の中、世界のどこかには遊園地という場所が存在していて、そこはどうやらポップな色彩にいろどられた世にも楽しい場所であるらしいと知ってしまった。
観覧車とメリーゴーランドがゆっくり回り、風船とガーランドがあちこちに飾られてポップな音楽の流れる夢の国、ソフトクリームもポップコーンも売るほどある、そういう場所。
「いきたい! つれてって!」
まあそう言うわな。
連れては行きたい、人の少ない時になら。
でも感染症のことがあるし、何より酸素に繫がれてはいても自立歩行に問題のない4歳児は人ごみを歩かせると母親より先に先に行きたがって私と娘を繫ぐ透明のホースに人様を巻き込んでしまって、ちょっとどころか結構あぶない。
それで私は考えた。
このまま待ちの姿勢を貫いていたらきっと永遠に遊園地には行けない、もしくは4歳が13歳とかになってしまって、「なんでオカンと遊園地なんか行かなあかんねん」などと言い出しかねない。
それなら平日に幼稚園休まして行ったろと。
ただ平日に4歳だけ遊園地に連れて行くと言ったら上の子らは怒るかなと、一緒に行く? と聞いてみたら、10歳の娘の方は、
「私、クラブがあるからいい。4歳ちゃんと楽しんできてな」
この子は元々人ごみが苦手で遊園地とかその手の場所へのお出かけにはやや淡白、どちらかというとお買い物が好きなもので大変に余裕のあるお姉さんらしい答えを返してくれた。
そして13歳の息子には「なぜ中2の俺が4歳の妹と遊園地など行かねばならんのか」と、これをもう少し優しく婉曲に表現した言い方でやんわりと拒否された。
「べつにええわ」
やはり中学生にもなると人は親と遊園地に行きたいとか言わなくなるものなのか、そうなのか。
ふんだ。
それで行きましたよ5月の平日遊園地に。
ただ4歳はちょっとでも体調不良の兆候があると即病院、命第一の子なもので、直前まで、
「今日は遊園地に行くのやで」
とは本人に言わないで。
だって前の晩からうんと楽しみにして枕元にお着替えとリュックサックを置いて眠ったのに、朝起きて発熱とかチアノーゼとかそういうことが起きて、
「あ、これはあかん」
慌てて大学病院に運ぶことになったら大変だ。
誰がと言えば、楽しみな予定を反故にされたことで超絶不機嫌になった4歳に吠えられる罪もないドクターが。
うそです、4歳の娘が。
それだから前の晩に明日ちょっと出かけるよとだけ言い、それで予報通り初夏の晴天であった翌日、赤いひも付きハットをかぶせた4歳を家から「まあ行けば分かるよ」と連れ出した。
そして電車に乗り駅を降りて歩き、閑静でとても「ホンマにここに遊園地が?」と言いたくなるような住宅街の中を通りぬけてその突き当りにある遊園地の正面入り口を視界にとらえた時の4歳の驚きというのか喜びというのかそれは、
「えー! ママ! アレなに?」
世界中の金と銀と宝石を集めて宮殿を作りましてそれが目の前にございますと、そういう感じの驚き方で、入園前からそんなことでは、中に入ったら元々色々問題のあるこの子の心臓が心不全をおこしてしまうのやないかと、救急病院てこの辺にあったかなと、ちょっと本気で心配になるようなものだった。
子どもを育てていて本当に面白いなあ楽しいなあと思うのは、こういう『人生最初』に遭遇した時の子どもの顔をいちばんに見てしまった時やな、と私は思うのですよ。
頬の産毛が金色に輝いてしまうほど上気した渾身の笑顔。
とは言えその破壊力すらある笑顔の子を連れて遊園地の中に入ったところで、まだ100㎝ちょっとしか身長のない4歳児には乗れるものがあまりないというのは、入園してから気がついたことだった。
当日の朝、とにかく家事を全部こなして、いつもはほとんど乗らない電車に乗って、それから重たい酸素ボンベとそれの6倍ほどの重さの4歳児を連れて現場に行くことにのみ注力していて、私はその後のことを考えるのを完全に忘れていた。
身長制限120㎝の壁は、4歳児ではなかなか超えられない。
仕方ないので園内の少し地味な『動物ふれあいコーナー』みたいな場所で、野放しの野良風味に飼育されているあまり愛想のないカピバラに小さく切った野菜をあげたり、プードルカットのこれもまた全然やる気のないアルパカにこんにちはと挨拶をしてみたりした。
カピバラの足というのが河童みたいな水かきがついているものだというのを私はこの日初めて知った、本物の河童を見たことはないけど。
あと餌の野菜スティック欲しさに無表情で距離を詰めてくる瞳が虚無の色をしているところとか。
でもそれを4歳が喜んだことと言ったら、私が自分の『親』という立場を忘れて、
「あんた、だまされてるよ」
と突っ込みを入れたくなるくらいで、思えばこの4歳は動物園にも行ったことがないのだ、近いうちにそこにも連れて行ってやらないと。
それで結局このややシケた……いやなんでもないです、ふれあいコーナー以外で4歳の子どもが楽しめる、それもちょっと酸素に繫がれてますと、そういう子が安全に楽しめそうなものは、観覧車一択やろということになり4歳と私は観覧車に乗ることにした。
というよりも電車に乗って窓の外を眺めている時から、車窓から生まれて初めて本物の観覧車を見た4歳が「なにあれ、なんなん」と大騒ぎしていたもので乗らないわけにはいかなかったのだ。
ピンクのゴンドラがいいというのは4歳が決めた。
遠足らしい高校生の団体がはしゃいで団子状になって歩いてはいるけれど、それ以外にはまだ小学校に上がらないくらいの年頃の子ども達とパパママ、それと子守に駆り出された風のおじいちゃんとおばあちゃん。
そういう人達がのんびりと歩く園内で特に並ばずに乗り込んだ観覧車、係の人がそれの扉をがちゃんと閉めて、どんどん上空に上がっていく間、4歳は
「ねえどこいくの」
「ずーっと上だよ」
「どこの上?」
「えーっと、お空?」
「それってうちゅう? かみさまいる?」
これが4歳にとっては人生史上最高の上空だったもので、これは最終的に一体どこにたどり着くものか、こんなに視界の下に点々と建物や道路を走る車が小さく見えるのだから自分たちはもう宇宙空間に旅立ってしまうのやないかと、そこには幼稚園で毎日お祈りをしている神様というものがあるのではないかと、大変に壮大なことを言っていた。
でもこれまでは自宅と病院だけが世界で、旅行もほとんどしたことがなくて、自宅以外でお泊まりしたことがある場所は未だに病院だけというやや特殊な成育歴を持つ4歳からすると、それは宇宙旅行に匹敵する出来事だったのかもしれない。
それでゴンドラがゆっくりと頂上にたどり着いて、
「ここがいちばん高いところ、ほら、山が見えるで。お母さん実は高いとこ怖いねん」
ゴンドラの扉を開けて身を乗り出しそうな勢いで外を眺めている4歳に私がそう言ったら、
「あたしがいるからだいじょうぶやで!」
にこにことそう言う4歳の表情の頼もしいことといったら。
観覧車の最頂部地上80mでなんかあったらそれは消防でも陸上自衛隊空挺団でも太刀打ちできへんやろというのが真実ではあるけれど、気は心というのか、君はあれやね、私とはもう人しての器が違うわ。
そして私とは器の違う4歳は観覧車に乗って大気圏の外の宇宙に飛び出すことなく、最頂部からゆっくりと地上に降りて、宇宙の旅の次はソフトクリームが食べたいと言った。
観覧車から見えたのらしい。多分この子の視力は2・0以上ある、絶対。
それで私が売店でイチゴとバニラの交互に混ざったのをひとつ買ってやって、それをどこかに座って食べないとこぼすからねと「誰も座ってへんベンチないかな」ときょろきょろしていたら、ちょうど観覧車のよく見える、しかしすでに高校生くらいの女の子がアイスを持って座っている青いベンチの隣に私のお尻が入らない程度の隙間をあけて、ぴょこんと4歳が座ってしまった。
4歳はバスでも電車でもちょっとした公園のベンチでも、隙間を見つけて相席することにかけては、上沼恵美子と友近と海原姉妹を足して3で割ったくらいの力というか勢いがあり、関西の人ならそのすごみが分かると思う。
お隣になった高校生らしき女の子はどうやら子どもが好きらしく、4歳が隣に座ったのを見て、
「なんさい? 何に乗ったの? アイスおそろいだね」
そう言って話しかけてくれた。
それでどこからどう見てもこの4歳の母親である私が何も話さへんのもアレかなと思って「高校生かな?」とだけその子に聞いてみた。
私は自分の娘くらいの年頃の子に話しかけることをあまり躊躇しない、だって関西のおばちゃんだから。
そうしたらその子は、自分は今日ここには高校の遠足できているのだけれど、なんか班のグループに入れなかったのだと、それでぽつりと、
「ぼっちです」
と言ってちょっと恥ずかしそうに笑った。
あれは関西弁特有の、言葉の2音目の上がらない話し方で、きれいな標準語というのかな。
言葉のイントネーションがほんのり違うというだけで、ある年頃までの子には壁ができてしまったりするのよな。
「あの子、ちょっとちゃうよな」とかって。
「そうかあ、でもおばちゃんも高校生の頃は、30年近く前の話なのやけど、友達がほぼひとりもいてへんかったし、遠足も運動会もとにかくぼっちで、文化祭の日なんか仕方ないから体育館の裏でそこに住み着いてる三毛猫と遊んでたで」
なんて言ったところでそれは詮ないことだし、そもそも突然妙なホース付きの子どもが隣に座って、アイスを食べ始めてもにこにこと普通に会話ができる子なのだから、きっと大丈夫な子なのやろうと思っておばさんは余計なことは言わないでおいた。
もしかしたら4歳と会話がしたいだけで、大人にはあんまり話しかけてほしくないかもしれないし。
すこし飄々とした風情のあったあの子はきっとあのまま孤高を保つこともできるだろうし、ある日突然気の合う友達ができるかもしれない。
可能性とは、あなたのことだ。
それで自称ぼっち高校生と、4歳児と、その母である私、なんだか変な3人はゆっくりと空に昇る観覧車を眺めてアイスを食べた。
その子は食べていたアイスをもぐもぐと食べ終わってから4歳にバイバイと言って駆けて行ったけれど、それを言われた4歳の方は観覧車の下からなかなか動いてくれなくて何ならここに住むとか言い出して結構大変だった。
うかうかしていると10歳の方の娘が帰宅してしまうし、遊園地には住まれへんねやでと説得し、最後はそれもあきらめて4歳と酸素ボンベ計20㎏を両手に抱えて帰った。
帰ってみてから、幼稚園を休んで電車に乗ってわざわざ出かけた遊園地で、私と4歳はアルパカとカピバラと観覧車しか見ていないことに気がつく。
園内が思いのほか広くて、体力も持久力もない4歳と私では全然回りきれなかったのだ。
それでも4歳はとても楽しかったらしい、また観覧車に乗りたいと今も3日に1ぺんは言う。
私は、あの観覧車の下で出会った言葉のきれいなあの子が元気でいるといいなと思っている。
神様がいて、宇宙かもしれない場所で見せた頼もしさがまぶしいですね。
書籍には他にも、入院時のお話、長男君の制服のお話など、たくさんのエピソードが収録されています。
ぜひ手に取ってご覧ください。
(編集:コノビー編集部 岡田)