地震で断水、解消まで約5日間 自宅で過ごすために役立ったもの・用意しておけばよかったもの

 1月1日に発生した能登半島地震により、筆者は能登半島の付け根に位置する石川県羽咋市市街地の自宅で、約5日間の断水を経験することになりました(記事執筆時点1月25日も市内に断水地域あり)。何気なく買い置きしていたものや続けている習慣が役に立ったり、「地震前に用意しておけばよかった」と悔やんだりなどのエピソードを添えて、自宅での断水の経験から必要だと感じたものなどについて紹介します。

蛇口をひねるとちょろちょろ……帰宅直後から始まった断水生活とその他ライフライン

 地震が発生したとき、パートナーと一緒に富山にある実家から羽咋市の自宅に向かっていました。富山県新湊市あたりで大きな揺れを感じ、渋滞に巻き込まれたり、地震のせいで途中にある橋が通れなくなってしまったりしたのを、地元の人にう回路に誘導してもらったりしながら、何とか18時ごろに帰宅。玄関の花瓶、冷蔵庫の上の電子レンジは若干位置がずれていただけ、シンクの上の棚から落ちていた食器も割れておらず、まずはほっとしました。

 しかし、手を洗おうと水道のレバーを上げ、水が出た瞬間、異様に水圧が弱いことに気づきました。私は数年前まで大阪府高槻市に住んでおり、2018年の大阪北部地震でごく短期間ですが断水を経験していたため、すぐに家に置いてあった空の2リットルペットボトル2本と湯船に水をためました。19時には出なくなっていたように記憶しています。

 他のライフラインはと言うと、電気は一度勝手に消え、すぐにつきました。ガス(プロパン)は使えたのですが、しばらくは余震が頻繁に起こったので使用は最小限にしました。つまり、水道以外は問題がなかったのです。

大きく2期に分かれた断水期間

 私が住んでいた地域で全く水が出なかったのは2日までで、3日からは「通水」と呼ばれる状況でした。登録した羽咋市民向けのメーリングリストのメールによると、あくまで復旧のために水を通しているので、使いすぎると応急給水(災害で断水してしまった時に給水車などで水を配る)ができなくなったり、市全体の配水量が多くなり水が出にくくなったりするので、必要時以外の使用は控えるようにとのことでした。

 「必要時以外の使用」がどのくらいのことなのか分からず、届いたメールに記されていた電話番号にかけたところ担当者は「お風呂や洗濯機には使わないで」と回答。また、「断水解消」となっても、なるべく節水してほしいと言われました。私が住む地域が「断水解消」したとメールで知らされたのが6日ですが、その後も3日ほどは洗濯を手もみ洗いしたり、コインランドリーを使ったりするなど、節水生活を心がけていました(本当はそこまでする必要はなかったのかもしれません)。

水を入手した方法

 飲用水には自治体が応急給水としてくれるもの(原則1人1リットルの制限あり)や、パートナーが地震前から持っていた「保存水」、スーパーで購入したミネラルウォーターを使用しました。箱単位でまとめ買いする人も少なくありませんでしたが、うちは2人住まいだったのでペットボトル数本しか買いませんでした(必要量は家族の数などによる)。

 生活用水には、主に地震直後にためた水と、災害時ということで開放していただいた市内の個人宅や工場、公共の施設などの井戸水です。井戸水は飲用ではないので、トイレや洗濯に使用することがほとんどでした。

水が使えないときに自宅で活躍したアイテム、シーンごとに紹介

※以下はあくまで「水道以外のライフラインが無事で自宅に住めて、子どもや高齢者がおらず、健康な成人2人暮らしの世帯」の例になります。

<持っていてよかったもの>

ペットボトル、現金、ラップ、アイラップ、紙コップ、割り箸、アルミホイル、冷凍ご飯(パックご飯)、キッチンアルコール、アルミホイル、タオル、ウェットタオル、ゴミ袋、常備薬、ガソリン

<買っておけばよかったもの>

ポリタンク、使い捨ての器、まな板シート、冷凍食品、レトルト食品、予備の下着、ドライシャンプー、災害用のトイレ

まずはオールマイティに活躍したもの

 断水中、最も活躍したものは空のペットボトルでした。断水直前にためた水道水、それがなくなったら井戸水を入れて、キッチン、洗面所、トイレに配置。調理器具の洗浄や手洗い、トイレ使用後などに使いました。ペットボトルは最初2リットルのものが2本でしたが、断水中に入手した飲用水のものを再利用するうちに2リットルのもの、500ミリリットルのもの、各4本ずつになりました。

 ちなみに水を入れるものとしてポリタンクを想像する人が多いと思います。私も2日にホームセンターで3時間弱並んで購入しましたが、結局使いませんでした。私が住む地区では応急給水でペットボトルでも水がもらえたからです。また、井戸水などを入れてしまうと、次に飲用水を入れられないからと生活用水には使わないでおきました。とはいえ、給水方法は地域や状況によるので備えておいて損はありません。白か透明で水の状態が確かめやすく、蛇口コックが付いている飲用水用のもののほうが望ましいと思います。

 帰宅途中にトイレ休憩と買い物のために寄った被災したコンビニ、コインランドリー、自販機で使用したのが現金です。3日にもなると地元のスーパーやドラッグストア、ホームセンターの多くが営業を再開していてキャッシュレス決済ができないとは言われませんでしたが、地震直後は使えない場合も想定して、ある程度の額を現金(できれば両替しやすい1000円札か小銭)で持っていた方が良いでしょう。

キッチン・ダイニング

 鍋を使って煮たりゆでたりするのは、水を大量に消費するため、なるべく避けました。また、フライパンで焼いたり炒めたりすると「油汚れ」が発生し、洗浄にたくさん水を使うので断水が解消されるまでは控えました。

 加熱調理は食材をラップでくるんだり、アイラップに入れたりして電子レンジで蒸したり煮たり。汁気が多いときはそうした上で、レンジ対応の容器に入れました(煮汁は少なめ)。焼くときはアルミホイルを敷いてグリルやオープントースターで加熱しました。調理中に飛び散った汁気などは、キッチン用アルコールをひと吹きしたキッチンペーパーで拭き取りました。

 菜箸やトングの代わりに割り箸を使用。食材のカットにはキッチンバサミか、アウトドア用の小さなまな板と果物ナイフを使いました。普通の包丁とまな板よりも、洗浄する際、使う水が少なそうだったからです。まな板シートがあればそれほど神経質にならなくて済んだかもしれません。また、使用済みの牛乳パックをまな板として使うやり方もありますが、定期的に牛乳を買って飲む習慣がないのでできませんでした。

 食器はアウトドア好きのパートナーから聞いた、器の盛り付ける部分をラップで覆うという方法を使用しました。使用後はラップの汚れが器につかないようにそっとはがし、アルコールティッシュで拭きました。しかし、深い器だと形に添ってラップをかぶせることは難しく、元の形よりもだいぶ浅くなっていまいます。なので、鉢のようなものに入れたい場合は、使い捨ての発泡スチロールのお椀(2日にホームセンターで購入)を使いました。飲み物は使い捨ての紙コップが便利。食後のテーブルは、アルコールティッシュできれいにしました。

食べ物・食材

 上の項目とかぶりますが、なるべくカットや手間がかかる調理を必要としないものを購入しました。カット野菜、カットベーコンなどの冷凍食品、漬物(カット済み)、電子レンジ調理可能なレトルト食品を使うことが多かったです。もともとご飯を多めに炊いて冷凍しておく習慣があったので、パックご飯を購入することはありませんでした。

 また、食器すら不要のカップ入りのもずく酢やめかぶ、カップめんは本当に便利でした。果物では冷蔵庫に入れる必要がなく、手で皮がむけるタイプの柑橘(みかんやぽんかん)が食べやすかったです。お正月という季節柄、餅やおせちがあり、調理に手間がかからず比較的日持ちがするので助かりました。

 一方、被災時に備えるべきものとして上がることの多い缶詰ですが、家にはあったものの断水中は食べませんでした。中身が魚だったため、食べた後のにおいの残る缶を洗うのに結構水を消費しそうに思えて避けました。また、袋入りのインスタント麺も買いましたが、1杯につき水を400~500ミリリットル使うと思うと食べる気になれず、食べたのは断水が解消されてからでした。

お風呂

 断水が解消するまでは自宅で入浴ができません。ウェットタオルで髪や体、顔を拭いたり、地元で無料開放している公衆浴場に行ったりしていました。ドライシャンプーを持っておらず、慌てて買おうとしたのですが地震後に一気に需要が増えたのか近隣の店では見つけられず、ウェットタオルで拭くだけでは地肌は不快なままでした。

 地震でお風呂が使用できなくなった人に無料開放している浴場に入るときには、ボディソープ、シャンプー、リンス、タオル、桶が必要でした。広い浴槽で温かいお湯につかれるのは心地よく、無料で利用できるのは本当にありがたかったです。ただ、多くの人が入るので入浴時間に制限があり髪を充分に乾かすことができず、また天候が悪い日は湯冷めしそうだったので頻繁には行きませんでした。

 断水してないときより洗濯の頻度が下がったので下着が足りなくなりそうで、自分のものもパートナーのものも靴下、パンツ、シャツを3セットずつスーパーで買い足しました。いつも購入する衣料店よりも高くついたように思います。タオルも公衆浴場に行くたびに数枚ずつ使いましたが、使わずにとっておいたものが5枚ほどあったので買う必要がありませんでした。

洗濯

 自宅で下着などを手もみ洗いするときはバケツ、風呂場の桶、ゴム手袋を使用しました。ゴム手袋は普段から掃除や洗濯するときの漂白に使うのでもともと持っていました。ゴム手袋は冷たい井戸の水をくむときにも役に立ちました。

 コインランドリーは4日から営業を再開する店舗が出てきましたが、たくさんの人で非常に混み、フル稼働させたためか洗濯機や乾燥機の中には故障しているものもありました。いつも使っているところが路面店で混んでいたので、初めての場所を利用しました。そこで使えるプリペイドカードは持ってなかったので、現金が役立ちました。

トイレ

 断水中は水が流れないので、使用後はペットボトルの水を便器に注いで流そうとしていました。ここは反省点なのですが、バケツの水で一気に流す必要があったようです。「小」の場合でも4リットルは必要だそうで、2リットルペットボトルでは中途半端にしか流れず、通水する3日までトイレが不快な空間になってしまいました。

 ただ、同じ市内でも、下水管が壊れてしまい全面復旧工事中のため、キッチン、浴槽、トイレ、洗面所に水が流せない地域もありました。そんな事態に備えて、便器にセットして使用する災害用のトイレを備えておく必要もありそうです。

その他

 2日までは全く水が出てこず、不安で食欲がわかず、便秘になってしまいました。通水してからも、食欲がもどってからもお腹が張る日が続いたので胃腸薬を飲みました。また、3時間弱並んでポリタンクを買った後は寒さで頭が痛くなり、頭痛薬を飲んでしばらく寝ていました。もちろん激しい痛みなど深刻な症状が出ている場合は病院で診てもらった方が良いですが、地震で医療がひっ迫しているので、市販薬で対処できる範囲であればセルフケアできるように、常備薬をそろえておきましょう。

 節水や調理の手間を省くために、普段よりレトルトの袋やプラスチックトレー、ラップ、アルコールティッシュなどのゴミが多くなりました。また、ごみ処理施設も被災しており、しばらく資源ごみが回収できなくなっていました。私は2023年末にゴミ袋を買いだめしていたので、プラゴミなどが多く出ても不足する事態にはなりませんでした。

 能登は車社会なので、ガソリンの確保が重要になります。地震直後は営業しているガソリンスタンドが限られていて、営業中のスタンドには給油に来た車が殺到し車道にはみ出して渋滞を招くくらいでした。たまたまガソリンを多めに入れていたため2週目まで入れる必要がありませんでした。生活に車が必要な人は遠出をする予定がなくても、ぎりぎりの残量にならないように気をつけておいた方がいいでしょう。

断水中必要なものまとめ

 断水解消までの日々は、普段よく使うので充分にあったもの(冷凍ご飯、ラップ、アイラップ、キッチンアルコール、アルミホイル、タオル、、ゴミ袋、常備薬など)、年始だからと多めに用意していたもの(ゴミ袋、現金)、自分なりにいつか役に立つかもととっておいたもの(使い捨てコップ、空のペットボトル、コロナ感染対策として買ったウェットタオルの残り)を活用した5日間だったなぁと思います。

 一方で、地震前から水のない状況を想定していたわけではないため、まな板シート、ドライシャンプー、ポリタンク、災害用のトイレは用意できていませんでした。また、下着についても断水中は量が足りませんでした。災害が起きてから入手しようとしても、売り切れていたり、長く並ばないといけなかったりと、普段より購入が難しいこともあります。これからは絶たれてしまうライフラインを具体的に想定し、備えておかなければならないと思っています。

物のほかに必要だったのは情報と人間関係

 これまでさまざまな“もの”を挙げてきましたが、それと同等に大切だったのが情報です。市民向けのメーリングリストで、水道の復旧情報、応急給水の場所や時間、入浴施設の利用について、営業を再開した店舗などなど、生活に欠かせない情報を多く得ました。もちろん、羽咋市の公式サイト内やX(旧Twitter)公式アカウントでは地震についての緊急情報が公開されていますが、メールだといちいち探さなくても必要な情報がタイムリーに送られてくるので便利でした。

 困ったのが「近所に友だちがいない」ということでした。羽咋市に移住して約1年で、富山や石川県でも金沢市には知人が複数人がいるのですが、羽咋市内でだいたい同じ立場で励ましあったり、相談しあったりできる人がいませんでした。1人でもできる仕事についているのと、普段あまり他人との会話を必要としていないのですが、断水や繰り返す余震など、いつもの違う状況に弱っていました。のんびりした性格のパートナーにいら立ってしまうこともありました。

 ですが、月1回くらい行っている近所の飲食店が地震後数日で営業を再開していて、そこで温かい飲み物をいただきながら店主と話すことでかなり落ち着きました。もし、この飲食店が再開していなかったり、パートナーと会話がなかったりしたら、もっと精神的にしんどかったはずです。

(谷町邦子 FacebookTwitter

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