「やりたいこと」はなくていい。教育学者・児美川孝一郎さんに聞く、新時代のキャリア論

就職活動や転職活動の際に、「やりたいことが見つからない」と感じたことのある人は少なくないのではないでしょうか。自分のやりたい仕事を早々に見つけて努力している友人の姿を見ながら、「自分はダメだ……」と悩んだことのある方もいるかもしれません。

しかし、「やりたいこと」はキャリアを考える上で本当になくてはならないものなのでしょうか?「夢追い型」のキャリア教育に警鐘をならす教育学者・法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎さんに、自分らしいキャリアの築き方のヒントを伺いました。

みんなが「やりたいこと」を持っているわけではない

──就活・転職活動中に、「やりたいことが見つからない」という悩みを持った方は一定数いるのではないかと思います。『はたわらワイド』の読者にも、同様の悩みを持つ方は少なくないようです。

例年、「将来就きたい職業ランキング」がメディアで報道されると注目が集まりますが、実はああいったアンケートの回答者の半数くらいは、特にやりたいことが「ない」と答えているんですよ。「ある」と答えた人の回答ばかりが取り上げられるので、つい「多くの人が『やりたいこと』を持っている」と錯覚してしまうのかもしれません。

──「やりたいこと」ばかりに注目が集まるのはなぜなのでしょうか?

日本社会の構造が、1990年代半ばに大きく変化したことが1つの要因でしょう。それまでは会社に就職さえすれば基本的に終身雇用で、会社が個人の適性を見極めて人材育成をしてくれた。学校でも教師がかなり細かく進路指導をしていました。

会社にせよ学校にせよ、以前は組織が個人のキャリア開発をしてくれていたんです。だから「与えられた仕事を頑張る」という姿勢でもうまくいっていたんですよね。

でも個人が自律的に自分のキャリアを決めていく時代に変わってきた。その結果、「やりたいことを個々人が見つけておくべきだ」というムードが社会に醸成されたのではないかと思います。

──児美川先生は著書の中で、「やりたいこと至上主義」には罠があると書かれていましたよね。

もちろん、プラスにはたらく面もあります。目標があることで夢に向かって頑張ることができますし、その過程で持続力、集中力、忍耐力がつくかもしれない。けれど、その反面、若いうちから目標や夢を1つだけに定めてしまうことで視野が狭くなってしまう可能性もある。

現在進められているキャリア教育の影響もあり、大学入学時点で就きたい職業が決まっている学生も少なくありません。そういった学生たちは明確な目標があるから学業も課外活動も一生懸命頑張るのですが、いざ就職活動をして希望する職業に就けなかった時に、次の一歩を踏み出しにくくなる危うさがある。

また、希望する職業をピンポイントにイメージしすぎていて、その仕事の背景に存在する業務についてよく知らない人も増えているように感じます。

──「やりたいこと」があるからこそ、それ以外の選択肢に目を向けにくくなってしまうのですね。

その通りです。また、誰しも「やりたいことを見つけなくてはいけない」というムードが強くなると、それが見つからない人にとってはしんどいですよね。明確な目標に向かって頑張っている友達を目にして「自分はダメなんだ」と思ってしまう。

「好きを仕事にしろ」とよく言われますが、当然全員が自分の好きなことを仕事にできるわけではないですよね。けれど、その現実を置き去りにしてとにかく「やりたいことを持ちなさい」と夢を煽る風潮が強まっている側面はあると思います。

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「職業名」ではない「やりたいこと」を考えよう!

──児美川先生が学生や若手の社会人から相談を受けた時、どんな言葉を返していますか?

「『やりたいこと』をすごく狭くイメージしていませんか?」とまず問いかけます。「やりたいこと=職業名」と考えてしまうことが問題だと思うんです。

たとえば「アナウンサーになりたい」という目標を持っていたとしても、就職活動がうまくいかなかった人は「ほかにやりたいことなんてない」と思ってしまうかもしれない。

けれど、自分がその職種や業界に憧れた理由を深掘りして考えてみれば、自分のやりたかったことを具体化するための別の仕事が見つかるかもしれませんよね。たとえばアナウンサー志望の人であれば、きっと「社会をより良くしたい」とか、「世間に注目されない事象をきちんと伝えていきたい」といった動機があるのではないでしょうか。それらを達成するのが目的ならば、アナウンサー以外にも選択肢はあるはずじゃないですか。

私は「キャリアアンカー」という言い方をしますが、自分の根っこの部分、自分にとっての錨(アンカー)になるような部分を一度きちんと見つめてみるのは1つの方法です。

──夢や目標を「職業名」で捉えなければ選択肢が広がる、と。

そもそも、やりたいことって仕事で実現しなくてはいけないわけではないんですよ。たとえば、お金にはならないけれど自分としてはやり遂げたいライフワークがある人もいるかもしれないし、夢中になれる趣味がある人もいる。それをやり続けられるようにするためには、「仕事は仕事」として割り切って、仕事にはならない「やりたいこと」の実現をめざしてもそれで良いじゃないですか。

──仕事と結びつけず「やりたいこと」を続けていく方法を考えるということですね。

自分の「やりたいこと」だけでは仕事って成り立ちませんよね。多くの人にとって仕事は、充実する瞬間とつらい瞬間が同居するものではないかと思います。仕事にやりがいを感じられなくても、人生の中でほかにやりたいことを見つけられれば、そちらの時間を充実させることを最優先に仕事を選んでもいいと思います。

そもそも、「やりたいことがまったくない」という人は、本来はいないと思うんです。「楽がしたい」でも「お金儲けがしたい」でも「有名になりたい」だっていい。

キャリアという言葉を聞くと、「ワークキャリア」を真っ先に思い浮かべる人が多いと思うのですが、今後自分がどう生きていくか、社会や地域や家族の一員として自分がどんな役割を担っていくのかを考える「ライフキャリア」がとても重要なんです。だから、夢や目標を仕事だけで実現しようと思う必要はないんですよ。