東京屈指の人気キッチンカー「くってけ亭」店主が語る「味」よりも大切なもの

サッカークラブFC東京が主催する「飲食総選挙2023」で1位に輝き、その味を求めて多くのお客さんが列をなす人気のキッチンカー「イタリア食堂くってけ亭」。

その料理を手がけるのは脱サラオーナーである、佐鳥さん。お弁当屋さんの激戦区・東京でほかのキッチンカーの2〜4倍もの食数を販売し、業界ではその存在が「伝説」とささやかれているそう。

東京都内でも屈指の人気を誇るキッチンカーはどのようにして生まれたのでしょうか? その経営の裏側と、人気店舗をつくる秘訣をうかがいました。

1日の売り上げは3,000円。フランチャイズ店舗でキッチンカーの現実を知る

──元々広告代理店に勤めていた佐鳥さんが、なぜキッチンカーを始めたのでしょうか?

広告という派手な業界が自分にほとほと合わないということに気がついて、大きい予算を動かすのではなく、「今日いくつ売れたからいくらになった」という規模の仕事がしたいと思ったんです。だったら自分で商売をやるしかないと思って、キッチンカーを始めました。

趣味レベルですけど料理は好きでしたし、人と一緒に食べて「おいしいね」と過ごす時間が好きだったんですよ。ぶっちゃけほかに好きだと思えるものがなかったので、消去法でした(笑)。もう少しのんびり仕事をしたいなあ、みたいな甘い気持ちもありましたね。

──数ある料理のお仕事の中でも、なぜキッチンカーだったのでしょう?

固定店舗だと開店までにすごく時間とお金がかかりますが、キッチンカーならば資金が安く手っ取り早く始められる。簡単に機材を揃えられるので、フランチャイズから始めました。最初に営業の人が、「これくらい稼働するとこれくらいの売り上げになりますよ」というチャートをもとに説明してくれたのですが、絶対に話通りにはいかないと思いました(笑)。自分もPRやマーケティングに関わる仕事をしていたので、営業文句はよく売れたケースを紹介しますから嘘か本当かっていうのはなんとなく分かるんですよね。

開業後のサポート体制について聞いたら「ばっちりフォローいたします!」と言われたのですが、ちょっと嘘っぽい目をしていて(笑)。ということは、逆にスタートさえしちゃえば、あとは自分の好きにできるってことだとぼくは理解したんですよ。

──普通なら不安に感じそうなところですが、ポジティブに捉えたんですね。実際始めてみていかがでしたか?

案の定、営業の人が言うとおりには売れませんでした(笑)。

フランチャイズだったのでメニューは焼き鳥かイカ焼きの二択。ぼくはイカ焼きを選択しました。朝7時にスーパーの軒先に行って、開店前にスーパーのレジをお借りして開店準備、営業開始後は22時くらいまで休みなく営業して、店じまい。それで1日2万を売り上げたら良いほうでした。

ひどい日なんかは3,000円でしたね。でも、それで辞めるのは悔しかったので、イベント出店でドリンクやサイドメニューなしのイカ焼き一本で一日に20万円売り上げたら卒業しようと決めて、3年目の終わりくらいに達成しました。

──目標を達成したんですね。

いや、実際は19万いくらだったんだけど、ここまでやればもう十分でしょと思って(笑)。イカ焼き販売をやっていて分かったのはスーパーに来るお客さまは、買い物のついでに小腹を満たすために買ってくださるぐらいで、そもそも「ご飯を食べよう」という目的じゃないんです。

なので卒業したらランチメニューを提供するお店をやろうということは1年目から決めていたんです。そして、きっかり3年でフランチャイズを辞めて、新たにランチ営業を中心としたキッチンカーを始めました。名前は異なりますが、「くってけ亭」の前身となるお店です。

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1,000円では高い!キッチンカーランチの需要を見極めろ

──フランチャイズを卒業したあとはすぐに軌道に乗ったのでしょうか?

いえ、最初は散々でしたね。それこそ独立直後は「1回食べてもらえばわかるはず」と、自分がおいしいと思うものを出しては失敗していたんです。豚肉のそぼろを使った三食丼やリゾット、夏はねばねば系のどんぶりとか、いろいろつくりましたね。

うまくいかなかったのは、「うちは何屋です」っていうのがなかったから、お客さんもうちで何を買えば良いのかわからなかったのだと思います。そこで、イタリアンに絞って「イタリア食堂くってけ亭」を始めました。

──現在では「イタリア食堂くってけ亭」は出店場所めがけてわざわざお客さんが集まるほどの人気ぶりだそうですね。

キッチンカーって、お客さまからの期待値がそもそも低いんです。「今日時間ないな。じゃあキッチンカーでいいか」みたいなね。でも、期待値が低いぶん美味しかったら「結構うまいじゃん」って感動を与えやすい。つまり、ちゃんとやっていれば本来は失敗しづらいはずなんです。

それがわかってからは徐々にお客さまが来てくれるようになりました。期待値を確実に超えるように、ブイヨンから全部手作りするなど、原価率が上がっても手間暇を惜しまない料理を提供することに決めたんです。

──でも、そうすると利益率は下がってしまうのではないですか?

飲食業界では「食材原価率は3割」が一般的といわれますが、うちは4.5割くらい。仕込み場の家賃や包材費、そのほかのコストを全部ひっくるめたら、利益率は2割程度。そうすると、100万円売り上げても手元に残るのは20万円くらい。昼夜問わず頑張ってもずっとカツカツです。飲食って高級店でもない限り、まじめにやればやるほどそんなものなのかもしれません。

そこで、利益率を改善するために「イタリア食堂くってけ亭」とは別に、「昭和食堂くってけ亭」という名前でカレーの販売を始めたんです。「イタリア食堂くってけ亭」で出している肉料理には、そのままでは提供できないような切れ端の素材が必ず出るので、それを全部カレーの材料として利用しています。要するに「昭和食堂くってけ亭」でかかる肉代は0円。今時のキッチンカーでは珍しい600円という価格で売っているんですけど、利益率は高いんです。

やっぱり人気店や繁盛店は原価率の計算をしっかりしている。キッチンカーを長く続けているところは何かしら知恵を絞って次の一手を考えているんですよ。

――店舗単独ではなく、複数店舗の原価率のバランスを取ることで利益を確保しているのですね。そのほかに人気の秘訣はありますか?

「しっかりした看板をつくる」「需要を見極める」。この2点ですね。

まず、ファンがつくまでは「うちは何屋です」という看板は必要かなと思います。先ほどお伝えした通り、イタリアンに絞ったことでお客さんに信頼をしてもらえたというのが「看板」ですね。

もう一点、キッチンカーに向けられた需要にハマる価格設定と、価格や期待を超える内容にすることが大切です。お昼にホテルのランチを食べる人もいれば、コンビニのおにぎりで済ませる人もいますよね。キッチンカーの需要の層はズバリ、ランチを「生活必需品」だと考えている人が多いのかなと思っています。

平日のランチでキッチンカーに求められるのは1,500円、2,000円の嗜好品ではないんですよ。1,000円でもやや高い。かといって、500円では商売が成り立たない。だから、800〜900円くらいが、今の東京では一番いい価格帯なんじゃないかなと思っています。

──常連客をつかむポイントはありますか?

キッチンカーって何人スタッフを抱えようが、平日ランチにおいてはお客さまと接するときはだいたい一対一。料理の腕ももちろん大事ですが、ぼくはそんなことでは全然足りないと思っていて。それよりも人間力を磨くことのほうがよっぽど大事だと感じています。空腹を満たすというニーズに応えることは誰でもできるけれど、その中で「あなたの料理が食べたいんです」と言ってもらえる「WANT」を満たせないとうまくいかない。

――味だけでは足りないんですね。

ぼくは商売に必要なのはお客さまではなくファンだと思っているんです。ファンになってくれたら雨が降ろうが槍が降ろうが来てくれる。恋愛と同じです(笑)。

商売で大切なのは「人」なんです。一番お客さまに振り向いてもらえるのは尊敬される人。その次は、応援してもらえる人。その両方が満たせる人はどこで何の商売をやっても成功できるんじゃないかなと思います。

うちが出店している曜日に、リモートワークではたらいている方がわざわざ出社して買いにきてくれたりすることがあります。また、FC東京さんのスタジアムグルメとしても出店しているのですが、サポーターの方々が別の通常のランチ営業の場所に来てくれたりすることもあります。お会計の時に「佐鳥さんと話したくて」と言ってくれる方もいて、それは本当にうれしいことですね。

「ファンになってもらうためにはどうしたらいいか」は常に考えています。