一億総クレーマー社会、初動の「謝罪」と「理解」を誤ると炎上する理由。

サービスへの不満から、悪質な誹謗中傷まで──。人の怒りの矛先が自分に向いているとき、仮に原因が自分でなくても、ストレスを感じてしまいます。そこで、クレーム・コンサルタントである谷厚志さんに「クレーム対応の苦痛を和らげる方法」を聞いてみました。

谷さんの仕事は、さまざまな企業・団体に「怒りを笑いに変える」クレーム対応のノウハウを伝えることです。谷さんが実践する「自分の心を守りながら、クレーマーの怒りを鎮める方法」とは?

クレームや批判は「企業への攻撃」ではない!

──谷さんはクレーム対応にまつわる相談を、どういった企業や団体から受けることが多いのでしょうか?

病院や市役所、銀行や弁護士事務所などが多いですね。20年前は「クレームを起こされること自体が企業として恥ずかしい」なんて言われていたのですが、ここ最近はさまざまな企業から「クレーム対応を改善したい」と積極的にご相談をいただきます。

──なぜクレーム対応が注目されているのだと思いますか?

SNSの影響で誰もが自分の考えを発信できるようになり、個人がクレームを発信しやすい「一億総クレーマー社会」になったことが大きいです。10年ほど前から「クレームは起きて当たり前」という考え方が主流になりました。

ただ誤解されがちなのは、必ずしも「クレーム=企業への攻撃」ではないこと。中には誹謗中傷などの悪質なクレームもありますが、過去の調査によると、本当に悪質なクレームは10件中1件あるかないか。企業にとって有益な意見の方が多いんですよ。

なので、ぼくはよく「良質なクレームは、お客さまのわがままではなくアドバイスなのだ」と、講習などを通し企業へお伝えしています。

──なるほど。とはいえ他人からの批判や叱責って、それがいかに有益であっても受け続けるとストレスを感じますよね。苦痛を和らげる方法はあるのでしょうか。

確かにぼくも会社員時代、カスタマーと向き合う部署にいたんですよ。それでクレーム対応のストレスで出社拒否になったことがありました(笑)。ただ、クレームに苦痛を感じている人は、自身の言動で「良質なクレーマー」を「悪質なクレーマー」に変えてしまっている可能性があります。

特にクレームを受けた直後の「初期対応」は、クレーム対応の明暗を分けると言っても過言ではありません。初期対応を改善するだけで、ストレスも軽減されるはずです。

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クレーム対応は「謝罪」と「理解」が重要

──初期対応とは、具体的にどういったことをすればいいのでしょうか?

「謝罪」からの「理解」が、重要なキーワードです。

クレームが入ると、真っ先に「厄介なことが起きました」と報告する人がいます。でも、本当に厄介に感じているのはお客さまですよね。「厄介に感じさせてしまっている」という事実を、謝罪することが第一です。

たとえば、スーパーで買ったパンが傷んでいたというクレームを受けたとします。はじめに向き合うべきなのは「なぜ傷んでいるのか」を理解することではなく、「買ったパンが食べられなくて悲しい思いをさせてしまったこと」です。

そのことを念頭において謝罪すると、お客さまも冷静になり、対等に会話できるようになります。起きてしまったことの原因やクレームに対する解決策を考えるのはそこからです。

「厄介なクレームだなあ」と思っていると、先に商品を取り替えて冷静になってもらおうとします。時間をかけて話を聞き、「理解」してから「謝罪」では、お客さまも「だから言ったでしょ。なんで最初から謝らないんですか」となってしまいますよね。

──「謝罪」と「理解」の順番を間違えただけで、大変なことになってしまうんですね。

実は「先に謝らない企業」って圧倒的に多いんです。ぼくはコンサルタントとして企業のマニュアルの監修にも携わっていますが、ほとんどの企業で「理解してから謝罪」と、順序が逆になっている。トップクラスの企業でも、ここを間違えていることがあります。

──ただ、原因を理解してから謝罪したい気持ちも分かります。

全面的に非を認めなくていいんです。目の前のお客さまが何か悲しんでいる、その気持ちに寄り添うだけでいい。これを「限定付き謝罪」と言います。

先ほどの例で言えば、「買ったパンが食べられなかった」という点に対して「せっかくお買い上げいただいた商品に不備があり、ご不便をおかけしてしまい申し訳ありません」と謝罪するんです。

その上で、「どのようなことがございましたか」と話を聞く姿勢を見せると、落ち着いて話してもらえます。

──相手の気持ちに寄り添う謝罪ができるかがポイントですね。

かと言って「全面謝罪」だけで終わるのもNGです。「すべて我々の責任です。本当に申し訳ございません」と謝罪を連発されても、許す気にならないですよね。むしろ「どう責任取るんだ」と強気になるパターンもあるので要注意です。

──クレームの中には誹謗中傷などの悪質なクレームも存在します。いわゆる「カスハラ(カスタマーハラスメント)」か否かを、どう見分ければよいのでしょうか。

実は、それも初期対応で見極められます。きちんと謝罪しても、さらに暴言を吐くような人はカスハラです。あと有効なのは、謝罪した上で「意見を聞かせてほしい」と伝えること。実際に意見をくれた人は良質なクレーマーだと判断できます。

問い合わせ窓口をメールに限定したある企業の場合、電話よりもコンタクトを取るハードルが低いからこそ、たくさんのクレームが届くようになってしまいました。

しかし、謝罪した上で「もう少し詳しくお話をお聞かせいただきたいのでお電話させていただけませんか」と返信するようにしたところ、連絡先を教えてくれたのは10件中2件ほどだったんです。

──その連絡先を教えてくれた2件こそが、良質なクレームだった、と。「カスハラ」のせいで有益な意見が埋もれてしまうのはもったいないですよね。

過去に実施されたアンケート調査によると、クレームを入れた理由のうち60%以上は「次も使いたかったから」だそうです。たしかに「次は使わない」と思っているなら黙って去りますよね。この結果を知り、一層「クレーム対応は失敗してはいけない」と思いました。

サービスや商品のファンになりうるお客さまが残念な気持ちになっているのだから、クレーム対応でがっかりさせてしまったら、二度と使ってもらえません。

お客さまの怒りを笑顔に変えるスキルを、みんなが持っておくことが大切。そして、それを伝え続けるのがぼくの役割だと思っています。