証言をもとに容疑者を描く「似顔絵捜査官」とは。元捜査官が語る仕事のリアル。

目撃者の証言をもとに容疑者の似顔絵を作成し、犯人逮捕を目指す「似顔絵捜査官」。ニュース映像やテレビドラマを通じて「犯人の似顔絵」を目にすることはあるものの、それを描く似顔絵捜査官の仕事や実際の似顔絵がどのように作られているかは、ほとんどと言ってよいほど知られていません。

今回は、広島県警に23年勤務し、かつて「似顔絵捜査官」を担当していたプロの似顔絵師・犬塚徹也さんに、謎に包まれた仕事の裏側について伺いました。

警察官1年目で、「今日からやってよ」と似顔絵担当に

──犬塚さんはもともと、広島県警に勤務されていたんですよね。どのような経緯で「似顔絵捜査官」に任命されたのですか?

警察官として交番勤務を始めたばかりのころ、新人の仕事の一環で、各交番が発行する「ミニ広報誌」という地域向けの広報誌をつくっていました。私は絵が好きなのでそこに挿絵をたくさん描いていたんですが、それを見た鑑識係の先輩から「俺の代わりに似顔絵を描いてれないか」と言われまして。

それまではずっとその先輩が似顔絵捜査官を担当していたんですが、「俺よりお前のほうが絵がうまいから、ぜひ今日から頼みたい」と。なので、交番勤務の警察官1年目でいきなり似顔絵捜査官を担当することになりました。

──そんなに急なのですか!特に任命式のようなものがあるわけではないんですね。

なかったですね。似顔絵の担当者は各警察署に一人必要なのですが、警察官って、拳銃の扱いがうまい人はたくさんいるけれど、絵のうまい人はそんなにいないんですよ。だから、少しでも絵のうまい警察官がいるとすぐに見つかって、「今日からお願い」となるわけです。

実は私は、学生時代に漫画家を目指していたくらい絵は得意だったのですが、まさか自分が似顔絵担当に指名されるなんて想像もしていなかったので、最初はかなり戸惑いました。

しかも、前任の先輩は絵がそこまで得意な人ではなかったので、描き方も特に教えてもらえなかったんです。そんなわけで、ほとんどぶっつけ本番の状態で、任命直後、最初の事案を担当することになってしまいまして……。


警察官時代の犬塚さん。広島県警に23年間勤務し、300件以上の犯人の似顔絵を作成した。

──初めて担当されたのは、どのような事件だったのでしょう?

ある雨の晩、女性が痴漢に遭ったという通報が入ったんです。偶然にも私の勤務している交番の管内で起きた事件でしたし、被害者は犯人の顔をはっきりと見ていたので、私が似顔絵を描くことになりました。初めてながらもとにかく必死に描きまして、出来上がった似顔絵のコピーを交番に貼っておいたんです。

すると次の勤務の日、近所の中華料理屋に出前を頼んだところ、その店のおじさんが交番にやってくるなり、私の描いた似顔絵を見て「こいつ、見たことあるな」と言ったんです。ちょうど痴漢の通報があった日にその人物を見かけたらしく「雨の日だったから髪が濡れていたんだよ、こいつで間違いない」と言います。

しかもよくよく聞けば、その人物の家に出前を運んだこともあると。それであっという間に住所が特定できて、犯人が捕まったんです。

──すごい。そんなにスムーズに捕まることもあるのですね。

似顔絵が引き金になって犯人が捕まること自体はときどきあるのですが、そこまで完璧にいくケースは非常に稀です。私の場合は、似顔絵捜査官として担当した第一号の事件がそれでしたから……。その事件以来、心に火が着いて、すっかり似顔絵にのめり込んでしまったんです(笑)。

(広告の後にも続きます)

似顔絵捜査の精鋭が集う「似顔絵競技会」での優勝を目指して

──いまお話しいただいたのは痴漢のケースでしたが、そもそも似顔絵捜査官は、どのような事件で活躍するのでしょうか?

一言でいえば、被害者が犯人の顔を見ている事件ですね。痴漢や強盗、万引きなど、似顔絵が描けそうな事件があれば似顔絵捜査官が呼ばれ、絵を描くことになります。出来上がった似顔絵は主に捜査員に配布され、近隣への聞き込みなどの際に使われます。

ただ、中には、被害者が犯人の顔をほとんど覚えていないケースもある。そういった事件で無理に似顔絵を描くと、かえって間違った先入観を与えてしまう可能性もあるので、まずは「犯人と思わしき人物がここに5人並んでいたとしたら、どの人物が犯人かわかりますか?」と被害者に聞くんです。

「わかります」と言ってもらえた場合はすぐに似顔絵を描きますし、「うーん……」と迷われた場合は、似顔絵を描かないこともあります。

──なるほど。似顔絵捜査官の仕事は専任なのでしょうか?

いえ、基本的に他の仕事と兼務です。私の場合は3年間の交番勤務のあとにほかの警察署に異動になりまして、刑事課の鑑識係をしながら似顔絵担当をしていました。

──鑑識の仕事と似顔絵捜査の仕事を兼務するのは、かなり大変だったのでは?

事件があると夜中に呼び出されたりもしますから、大変だと感じる人は多いでしょうね。でも私は、新米の警察官として誰にも負けない唯一の武器を身につけたという思いがあったので、まったく苦ではなかったです。

当時の広島県警に、警察官向けの似顔絵の講習会があるといつも講師を務める大先輩がいたのですが、似顔絵に関しては「絶対負けん」と思っていましたから。

それから警察では年に一度、似顔絵競技会というものが開かれます。県内の各警察署から似顔絵捜査官が集められ、架空の事件に関する証言者の説明をもとに犯人の似顔絵を作成し、その中で誰が一番犯人に似ている似顔絵を描けたかを競うものです。

はじめはその競技会で優勝することを目標にしていましたね。ベテランの捜査官が多いのでなかなか難しいのですが、3回目の出場でなんとか優勝しました。

──わずか3年で優勝とは! 先輩には特に教えてもらえなかったとのことでしたが、似顔絵の描き方はどのように勉強されたのでしょうか?

写真を見ながら似顔絵を描く練習もしましたが、やはり現場で経験を積んで学んだ部分が大きかったですね。

鑑識係にいると事件の報告がたくさん上がってくるのですが、通常は似顔絵捜査が実施されないような小規模な事件……、たとえば駄菓子屋の万引きなどでも、私は積極的に引き受けて似顔絵を描いていました。許可をもらい、被害者に直接会いに行って証言を聞いたこともありましたね。

私の鑑識係としての勤務は2年間で、そこからまた異動になってしまったのですが、鑑識にいたあいだに計300枚ぐらいは似顔絵を描いたと思います。