ベルリン国際映画祭で銀熊賞を5度受賞した名匠ホン・サンス監督の長編第28作目となる映画『WALK UP』が公開中です。本作は、都会の一角にたたずむ地上4階・地下1階建ての小さなアパートを舞台にした人間ドラマです。

映画監督のビョンスは、インテリア関係の仕事を志望する娘のジョンスと一緒に、インテリアデザイナーとして活躍する旧友ヘオクの所有するアパートを訪れる。そのアパートは1階がレストラン、2階が料理教室、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、地下がヘオクの作業場になっている。3人は和やかに語り合い、ワインを酌み交わすが、仕事の連絡が入りビョンスはその場を離れる。ビョンスが戻ってくると、そこには娘のジョンスの姿はなく…。

本作の主演を務めたクォン・ヘヒョさんにお話を伺いました!

――本作大変楽しく拝見させていただきました。クォン・ヘヒョさんは、ホン・サンス監督と何度かご一緒されていますが、改めて監督らしい手法や演出を感じられた部分はありますか?

映画好きの間では有名なお話だと思いますが、ホン・サンス監督の特別な点としては、毎日、その日に撮影する分量の台本を早朝に書いているというところです。完成したら現場にそれを持ってきて、私たち俳優は撮影の1時間前に渡されます。その時に俳優に必要とされることは、台本の中の人物の気持ちをその場で理解すること。そして、かなりの集中力を持ってその台本を覚えることです。撮影の1時間前に渡されて、1文字も間違わずに正確に覚えるということが必要とされるので、それは簡単なことでは無いですね。

この映画の中で、2階でワインを飲むシーンがありますが、A4の紙で5枚ぐらいの分量の台本を1時間前にもらって、他の俳優さんとも間違えずにセリフを言いながら芝居をしなくてはならないので、かなりの集中力が必要でした。

――想像するだけで、とても大変なのだということが分かります…!

このやり方には大きな長所があって、それは俳優は他のことを一切考える余地が無くなるということです。だからこそ一つ一つのセリフに心を込めて、その人物の気持ちを理解することが出来ます。同時に、相手のセリフにもしっかりと耳を傾けて聞いて、また自分のセリフを言うということに集中出来るので、いわゆる演技のテクニックが入る隙間が無いのです。

――当日に台本をもらうということは、クォン・へヒョさんも「ビョンスはこんなことを考えていたのか」と驚くこともありそうですね。

本作では、自分が演じる役の職業が映画監督だということ以外は全く知らないで撮影に入りました。地下の部屋にいる時のビョンス、子供の父親であるビョンス、女性に思いを寄せる1人の男としてのビョンス、体が弱ってしまって、女性のケアを受けなければいけないビョンス、様々な顔がありましたので、シーンごとに別の人物を演じているようなところもありました。「こんな展開になるのだ!」と驚くこともよくありました。

この映画というのは、あれこれシーンを撮っておいて、編集をして完成させたのではなく、全て完成した映画通りの順番で撮っているんですね。

――贅沢な撮り方ですね。

それと同時に難しい方法でもありますよね。ビョンスの娘が「ビョンスのどの姿が本当の彼なのだろう」といったことを考えるシーンがありますが、実際の撮影での“分からなさ”がストーリーに活きているのではないかとも思います。私たちは「この人はこういう人だ」と決めつけてしまうことがありますが、そうではない姿だってたくさんありますよね。

――人間誰しもが色々な側面を持っていますものね。

私自身も環境によって全く違うと思います。子供から見た父親である私、世の中の人たちが俳優として見てくれている私と、妻から見た私、それぞれ違いますよね。そうは言っても本質は大きくは変わらないと思いますが。

――ワインを飲むシーンが多く出てきますが、実際にお酒を飲みながらお芝居していたそうですね。そういった細部へのこだわりが、本作の魅力をさせているのだなとも感じました。

酔い加減に関しては、私が決めるのではなくて、監督に「このくらいまで酔ってほしい」と言われるのでそれに合わせます。例えば、「3人ですでにワインを3本飲んでいる」シーンだったならば、3本飲んだくらいの気分になるまで飲むんですね。もちろん途中でNGになってしまってはいけないので、それくらいの酔い加減、酔うレベルに合わせておいて、演技を始めるわけですよね。このぐらいのレベルを保たなきゃいけないから、もう少しゆっくり飲もう、とか自分なりに考えて調節しています。共演者の皆さんはすごくお酒に強いので、酔い過ぎる心配は全く無さそうでしたが(笑)。

――素敵なエピソードをありがとうございます。最後に…作品とは関係無い質問になってしまうのですが、お肌がとても綺麗でいらっしゃいますよね。何か秘訣はありますか?

普段お肌のケアってほとんどしていなくて、若い人たちが使っているような乳液を塗るぐらいですかね。私の母が肌がすごく綺麗で、兄弟4人いるんですけれども、みんな肌は綺麗で、子供の頃からニキビも出来ませんでした。母はいま91歳になりますが、首にシワとかも全然無いんです。とは言っても、妻からすると僕にもっと気をつけてほしいみたいで「もっとケアをして」と言ってきますけどね(笑)。

――羨ましいです!(笑)今日は本当に素敵な時間をありがとうございました。

撮影:オサダコウジ



『WALK UP』公開中

ベルリン国際映画祭銀熊賞5度受賞 名匠ホン・サンス監督作

それはモノクロームの儚い夢か、それともパラレルワールドか――

迷える映画監督と4人の女たちが織りなす映像世界

監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス 

出演:クォン・ヘヒョ、イ・ヘヨン、ソン・ソンミ、チョ・ユニ、パク・ミソ、シン・ソクホ

2022年/韓国/韓国語/97分/モノクロ/16:9/ステレオ 

原題:탑 字幕:根本理恵 配給:ミモザフィルムズ

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