1995年公開の『耳をすませば』の同時上映作品『On Your Mark』。映画館で突然始まった宮崎駿監督の異色作。一体、どうして制作されたのでしょうか?



『On Your Mark』ビジュアル (C)1995 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

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チャゲアスが主役の『On Your Mark』…そもそも何で制作されたのか?

 1995年7月15日に公開された『耳をすませば』は、今でこそ「金曜ロードショー」の常連(これまでに12回放映)となった本作ですが、公開当時、実際に劇場に足を運んだという方は、もうひとつ、何か忘れ難い不思議な短編アニメ作品を目の当たりにしたはずです。

 その作品こそ『耳をすませば』と同時上映された『On Your Mark』にほかなりません。わずか6分48秒の短編で、「CHAGE and ASKA」の同名曲をバックに描かれるディストピアでの救出劇でした。映像作品として今なお評価されている本作ですがジブリ作品としては異色です。

 いったい、なぜこの作品は誕生したのでしょうか。宮崎駿監督がチャゲアスのファンで、鈴木敏夫さんの制止を振り切って作ってしまったのでしょうか? 改めて本作がどのような経緯、どのような意図で制作された作品だったのかを概観します。

 そもそも、『On Your Mark』はCHAGE and ASKAが1994年に発表した同名曲「On Your Mark」のプロモーション映像として制作されたものです。実は宮崎作品の大ファンであるCHAGE(現:Chage)さんのたっての願いから実現しました。チャゲアスのライブでの上演される一方で、1995年に「ジブリ実験劇場」と銘打たれて、『耳をすませば』と同時上映されています。

『On Your Mark』の舞台は放射能に汚染された近未来の「スラム」です。チャゲアスがモデルの破天荒な警察官コンビが、カルト宗教を制圧し、翼が生えた少女を救出するまでの過程が6分48秒に凝縮されています。セリフはなく、わずかな効果音、そして何よりCHAGE and ASKAによる圧巻の歌唱が鑑賞者をその世界へと引き込んでくれます。

 ラストこそ希望がありますが、全体を通じて漂うのは荒廃したディストピアの終末感です。希望に満ちた「On Your Mark」の歌詞とはミスマッチといえるでしょう。これに関して宮崎駿監督はインタビューのなかで「その内容をわざと曲解して作っています」と述べており、宮崎駿流の「翻訳」であることが分かります。

 なお本作は事前告知がほとんどなされないまま公開に至ります。従って、『耳をすませば』目的で劇場に足を運んで初めて『On Your Mark』を知った方も多かったはずです。いったい、その反応はいかがなものだったのでしょうか?

 当時、実際に観た人からは「『耳をすませば』のオープニングだと思っていました」「当時小学2年だったのでわけが分からなかった」「違う映画が始まってびっくりした」など、さまざまな戸惑い、勘違いを生んでいたと分かる意見が聞かれました。ある意味で当然の反応です。

 一方で、それよりもはるかに多かったのが絶賛する声でした。「『On Your Mark』を目当てで何回も通った」といった声も多く、まさに刺さる人には芯までブッ刺さる作品だったのです。こちらはジブリが手がけた企業CMから短編作品を33作品まとめた『ジブリがいっぱい SPECIAL ショートショート 1992-2016』に収録されています。

 ということで本作は「Chageの願いが実現した」ということ、そして「CHAGEの表記は2009年からChage 」であること、これだけでも覚えておきたいところです。