NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。7月21日放送の第二十八回「一帝二后」で、一条天皇(塩野瑛久)の寵愛を受けた中宮・藤原定子がこの世を去った。清少納言の「枕草子」では華やかな印象の定子だが、劇中では次々と苦難に見舞われ、悲劇的な生涯を送った。定子役で胸打つ名演を披露し、視聴者を魅了してきた高畑充希が、その舞台裏を振り返ってくれた。

-第二十八回で定子は亡くなりましたが、撮影を終えたときの心境をお聞かせください。

 劇中の時間にして10年あるかないかの期間を、これほど生き抜かせていただくような役は多くありません。さまざまなことが起き、周囲の環境も大きく変化し、短いながらも非常にドラマチックな人生を歩んだ方なので、ゴールテープを切って倒れ込むような感覚で、現場をあとにしました。

-とても高貴で魅力的な定子でしたが、役作りはどのように?

 最初に制作の方々から、定子について「待っているだけのお姫様ではなく、能動的なかっこいい部分も見せたい」と伺っていたので、そこは肝に銘じつつ、史実にある華やかさやはかなさも取り入れたいと思っていました。ただ、実際は撮影に入って、皆さんと作っていく中で生まれたものが大きかったように思います。

-共演者の中でも特に印象的な清少納言役のファーストサマーウイカさんの印象は?

 ウイカさんは、撮影の中でも外でも私を推してくださったので、そこに救われた部分が大きかったです。私自身、これまで何かに憧れたり、推したり、というエネルギーを注ぐ側の役が多く、注がれる側はほぼ初めてだったので、憧れの目で見てもらえるような人物像にしなければ、とプレッシャーを感じていたんです。その点、ウイカさんが、現場の中でも外でも、私を憧れの存在として扱ってくれたことで、とても楽になりました。ウイカさんとソウルメイトのような役を演じられて、楽しかったです。

-ウイカさんの関係では、第二十一回「旅立ち」の「枕草子」誕生のシーンが美しく、高畑さんの「春はあけぼの…」という語りも印象的でした。

 あのシーンは台本を読んだ時から、とてもすてきなシーンで強く印象に残りました。「枕草子」の誕生という大きな出来事を、せりふなしの情景だけで見せつつ、そこに描かれている四季を映像で表現していて。実は語りも、定子が読むのか、清少納言が読むのか、現代語訳か、当時の言葉で読むのか、いろいろな試行錯誤がありました。最終的には、「映像をつないでみたら、定子が読んだ方が伝わる」ということで、クランクアップ後に改めて私が朗読を収録することになって。そんなふうに皆さんが一体となり、あの情景を最も美しく伝えられる方法を模索した結果、とても美しいシーンになりました。

-定子にとって最も大切な存在である一条天皇とのシーンについて教えてください。

 一条天皇とのシーンは、総じてとても複雑でした。最初は、かわいい弟分だった相手を男性として見るようになり、愛し合い、その後はただ「好き」というだけでなく、「この人に見放されたら、自分と子どもには行くところがなくなる」という保身的な意味も加わってくるので。それに対して、一条天皇は愛一筋のキャラクターだったので、その温度差に、お互いのすれ違いも見えましたし。後半は、愛情を注がれることはうれしいし、それに全力で応えたいけど、ほかにも考えなければいけないことがあるし…という混沌(こんとん)とした感情が、私の中でも渦巻いていました。

-複雑な思いがあったのですね。

 最も難しかったのが、途中、政治的な考えを持ち始めるくだりです。父や兄のために政治的な動きをしつつも、そこに夢中になると一条天皇への愛がうそに見えてしまいます。家族のことを考えるのと同時に、一条天皇との愛も本物であることを表現したかったので、そのバランスに悩み、監督にも細かく相談しながら演じていきました。

-ご苦労がうかがえるお話です。

 ただ、定子にとって一条天皇は、清少納言と同じくらい大切な相手なので、共演経験のある塩野さんとご一緒できたことは良かったです。しかも、塩野さんもウイカさんと同じように、「定子さん好きです」と言葉でストレートに表現してくださったので、そこにも救われた感覚が強くありました。

-つらい場面の多かった定子ですが、その最大の原因ともいえる兄・藤原伊周(三浦翔平)の印象は?

 定子を応援してくださった皆さんの評判は今一つのようですが、実は私は伊周のことが結構好きなんです。最初のうちは「この人さえしっかりしていたら、こんなことにならかったのに」という思いもありました。でも、三浦さんが全力で不格好な伊周を演じられる姿を見ていたら、怒りよりもあまりに哀れで涙が出てきて。それは、台本を読んでいるときには生まれなかった感情で、あそこまで生き切ってくださると、一周回って愛せてしまうなと。

-おっしゃる通り、三浦さんのお芝居も素晴らしかったです。

 三浦さんとのお芝居では、私が激しく罵倒されるハードなシーンも多かったのですが、三浦さん側を撮り、次に私側を撮り…という段取りで進む撮影で三浦さんはすべてのカットを全力で罵倒し、暴れてくださって。私も感情を同じテンションに持っていくことができました。三浦さんの伊周を「すてきだな」と思って見ていました。

-伊周との関係では第二十回、「長徳の変」の結果、大宰府へ向かうことを拒否する伊周が泣いて逃げ、その後、定子が髪を切って出家するシーンも印象的でした。

 出家のシーンは、台本では最後に「切ってしまった!」と衝撃的な幕切れを迎える印象だったので、熱量の高い場面にしたいと思っていました。当時の出家は、自死に近い感覚だったそうですし。ただ、現代の感覚では、髪を切ることがそれほど大事には感じられないので、「髪を切ったくらいで、どうしたの?」と、白けた印象にならないか不安だったんです。でも、定子が髪を切るまでに、伊周が駄々をこね、母上(高階貴子/板谷由夏)が号泣し…と皆さんが一段一段、階段を上るようにお芝居を構築してつないでくださって、無事に演じることができました。家族みんなで協力して作り上げたシーンでした。

-大石静さんの脚本の魅力をどのように感じていますか。

 全てのキャラクターが生き生きしていますよね。誰しも、よい面もあれば悪い面もあり、それが絡み合いながら、気付くと史実に沿って話が進んでいる…そんな印象があって。平安時代の人と人との関わり合いは、令和の時代に生きる私たちにとって一見、縁遠い感じなのに、大石さんが描かれると、とても身近に感じられるんです。恋愛にときめき、政治や陰謀など感情の交錯にハラハラし…。そんなふうに、1年もの間、「次はどうなるんだろう?」と毎回思わせてくださる大石さんは、本当にすてきだなと。

-定子を演じたことは、ご自身にとってどんな経験になりましたか。

 今回、自分が学校で学んできたものと演じているときの体感が一致する感覚を初めて味わい、とても新鮮でした。「枕草子」をはじめ、この歳になって改めて日本の文化の美しさを知ることができた気がします。日本の地上波のテレビドラマでそういう作品をやれることが幸せで、海外の方にもご覧いただけたら…と思いました。シリアスで大変なシーンも多かったのですが、現場自体はとても穏やかで楽しく過ごすことができました。この作品に出演することができ、本当に幸せでした。

(取材・文/井上健一)