誰も排除されない、カラフルな社会を目指すのがジェンダー平等
フェミニズムは「性差別をなくそう」という考え方です。だから、フェミニストは性差別に反対する人。その反対はセクシスト、性差別主義者です。フェミニストは「男嫌い」というレッテルを張られがちですが、そうではありません。フェミニストが戦う相手は男性ではなく、性差別や性暴力であり、それに加担する人々や、助長する社会の仕組みです。
ジェンダーは、性別に対する偏見や固定概念、わかりやすく言うと「男らしさ、女らしさ」「男、女はこうあるべき」という型ですね。生まれたときに割り当てられた性別(sex)とは別の概念です。
型にはまらない人が「女のくせに」「男失格だ」と叩かれ排除される、そんな社会は生きづらいから、みんなが生きやすい社会に変えていこう 。誰も排除されない、いろんな色が存在するカラフルな社会、みんなが共生できる社会を目指そうというのがジェンダー平等という考え方です。
セクシャルオリエンテーション、ジェンダーアイデンティティも同じです。人の性的指向や性自認はさまざまで、マジョリティである異性愛者以外にもいろいろな人がいます。例えば同性愛者や、両性を好きになる人、好きになる相手の性別にこだわらない人、誰にも性的に惹かれない人、誰にも恋愛感情を抱かない人など。とにかく大切なのは、「みんな違って当たり前」という考えだと思います。
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ジェンダーで翼を折られるのは、男の子も女の子も同じ
医大の不正入試事件は記憶に新しいと思います。女子学生という理由で不当に差別されて、どれだけの女の子たちが夢をつぶされてきたか。そして、ジェンダーによって翼を折られるのは男の子も同じです。
この間、中学生の男の子が「自分はお菓子づくりが大好き。でも『女子力高いね』っていじられるのが嫌だ」と言っていました。いじられ続けたら、彼はいつかお菓子づくりをやめちゃうかもしれません。普通に「おいしいね」「お菓子をつくれてすごいね」って褒めてもらえれば、ぐんぐん才能を伸ばせるかもしれないのに……。
私自身は1976年生まれの女子校出身。思春期を「女子だから」「女子なのに」とは一切言われない環境で育ちました。男子がいなくて困ったことはありません。でも卒業後、国立大学の経済学部に入って、思いっきり男尊女卑に殴られる経験をしました。
同じ学部に女子は2割以下。高校では「自分の意見ははっきり言おう」と教育されたのに、大学では「女のくせに生意気」「出しゃばるな」と言われるわけです。ゼミでもサークルでも、男子がリーダー役、女子はサポート役というのが暗黙のルールでした。ルッキズムもすごくて、ブスとかデブとか言われて過食嘔吐したこともありました。就活でも、女子用の就職情報誌は、ページ数が男子用の5分の1くらいしかありませんでした。
そんな就活も乗り越えて、いざ広告会社に入社したら、セクハラ・パワハラがはびこる“修羅の国”でした。とても耐えきれず、6年で退職して無職になって、mixiでブログを書いたらバズって。12社からオファーがきて、作家デビューしました。人生ってわからないものですね(笑)。