作家・アルテイシアさん「思いやりや優しさでは、差別はなくせない」|新聞労連公開シンポジウムイベントレポート#2

マジョリティは差別に気づきにくい、だからこそ学ぶ必要がある

差別は、優しさや思いやりではなくなりません。知識を身につけないと減りません。「自分の言動や行動によって、相手を深く傷つけるかもしれない」という想像力を持つことすらできないからです。だから、マジョリティは特権に気付きにくいものです。私は女性という点ではマイノリティですが、異性愛者という立場ではマジョリティ。だから、自分が持っている特権になかなか気づけませんでした。

以前、東京でイベントに呼ばれてゲスト出演したとき、後から読者の方からDMで「会場が2階で、エレベーターがないと聞いたので行けませんでした」と言われて。そのとき初めて、バリアフリーでない会場だったこと、自分がマジョリティ側にいたことに気づきました。

差別を気にせずに済む、考えずに済む、そのこと自体が特権なんです。「差別なんてない」「私たちには関係ない」と言えるのは、自分が差別された経験がないから。だからこそ、マジョリティは積極的に学ぶ必要があります。

誰でも、マイノリティ性とマジョリティ性の両方を持っています。「私は気にならないな」で思考停止しないで、「気にならない自分は、まずいのかも?」と気づけるかどうか。その何がどう差別的なのか調べたり考えたりするのが大事だし、それが差別を考えるきっかけになります。

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誰だって、マイノリティとマジョリティの両方に属している

アンコンシャス・バイアスは本当に根深いです。アメリカで行われた「ジョンとジェニファーの実験」をご存知でしょうか。まったく同じ履歴書で、名前だけをJohn(男性名)かJennifer(女性名)に変えると、圧倒的にジョンの方が企業から採用されるし、能力も高く評価されたという実験です。

日本で、翔太と綾香でも同じことです。翔太に「性別なんて関係なくて、本人のやる気と実力次第だよ」なんて言われたら、綾香は「それは、あなたが性別を理由に差別されずに済むからだ」と感じますよね。

たまに、マジョリティが持っている特権の話をすると怒る人がいます。「俺だって苦労してきたんだ、特権なんてない!」って。決してその人の苦労や努力を否定しているわけじゃないし、特権=人生イージーモードという意味でもありません。

ただ、マジョリティは、属性を理由に差別されることが少ないのは事実です。人は、自分が超えたことがないハードルは、低く見積もってしまうもの。だから「性差別なんてて、大したことないでしょう」と考えてしまいます。

「フェミニズムは男性が責められているように感じて、なんだか怖い」という人もいます。現実に苦しめられている女性が、さらに男性を「男性のことを責めてないよ、フェミニズムは怖くないよ」ってフォローしなければいけないのでしょうか? 「性加害をするような男と一緒にしないでほしい」というセリフはごもっともですが、それは被害者じゃなくて加害者に言うべきです。