日本の首相が誰になろうとどうでもいいが、アメリカ大統領選からは目が離せない。本稿執筆中にバイデンが大統領選からの撤退を表明した。ハリス副大統領が民主党の候補になるのか、それとも違う政治家が候補に選ばれるのか、現時点では不明だ。

 それにしても、なぜトランプの人気が高いのか、理解できないのは筆者だけでないだろう。彼の「アメリカを再び偉大な国に」というスローガンはわかる。でも、あの下品な振る舞い。自分が気に入らないことは「フェイクだ」と決めつけ、選挙結果も認めず、訴追されるとバカの一つ覚えのように「魔女狩りだ!」と叫ぶ。スマートさのカケラもない。78歳という年齢は81歳のバイデンとどっこいどっこいである。バイデンを老いぼれ呼ばわりしていたトランプの言葉は、そのまま彼に返ってくる。

 ジャーナリストで思想史家の会田弘継による本書は、そんな疑問に答えてくれる。論壇誌などに寄稿した論文をまとめたものだ。

 この本のポイントは、トランプ自身の思想(そんなものがあるのかどうか不明だが)ではなく、トランプを支持する人々の心情や背景にある思想を、アメリカ思想史の中で位置づけたところにある。

 結論だけ手短に紹介すると、激しい経済格差と不平等への怒りと絶望がトランプ支持者の根底にある。序論でショッキングなデータが示される。アメリカの世帯資産をみると、上位10%が全世帯資産の66.6%を占める。ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットというたった3人の資産を合計すると、アメリカ国民下位50%の資産合計額に並ぶという。

 しかも、学歴による資産格差も大きい。高卒が世帯主の家族は大卒家族の5分の1、高校中退以下だと10分の1。資産だけでなく学歴も世襲され、固定化されている。低収入・低学歴の白人労働者階級では自殺や薬物中毒、過剰な飲酒に起因する肝疾患死などが増えているという。経済格差が生命の格差になっているのだ。

 クリントンもオバマも格差を是正しなかった。それどころか金融業界やIT業界を重視した。そして、ニューヨークに住むインテリたちには、その現実が見えない。見捨てられたと感じた人々も多かった。だから、すべてをぶっ壊してくれそうなトランプを支持する(「自民党をぶっ壊す」といって人気を集めた小泉純一郎を想起する)。

 いまアメリカで起きているのは、保守かリベラルか、右か左かというイデオロギーの対立ではなく、上下の階層の分断と対立だ。まるで150年前にマルクスが予言したように。そこに中絶の是非や移民対策、LGBTQ、人種差別、宗教などの問題が絡んで複雑化して見えるというわけだ。

 この深い分断は、たとえトランプが返り咲いたとしても、簡単に修復できるものではないだろう。

《「それでもなぜ、トランプは支持されるのか アメリカ地殻変動の思想史」会田弘継・著/2640円(東洋経済新報社)》

永江朗(ながえ・あきら):書評家・コラムニスト 58年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務したのち、「宝島」などの編集者・ライターを経て93年よりライターに専念。「ダ・ヴィンチ」をはじめ、多くのメディアで連載中。

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