テレビならではの仕掛けで、『このテープもってないですか?』『SIX HACK』など新感覚のホラー番組を手掛けてきたテレビプロデューサーで、現在開催中の『行方不明展』が話題の大森時生氏。その“恐怖の構造”とはなんなのか。
怪談・オカルト研究家の吉田悠軌氏が聞き手の『ジャパン・ホラーの現在地』より一部抜粋、再編集してお届けする。
テレビにおける虚実の皮膜
吉田悠軌(以下、吉田) 大森さんの言う「ミーム汚染」(編注:ミームによって、無自覚に言葉や画像に対する認識が変わってしまうこと)って、ポジティブに言い換えたら「祭り」だと思うんですね。
ヤラセというものは昔から日本のテレビでもあったけれど、わざとヤラセ的なことをやって、それに視聴者もわかった上で乗っかっていくという在り方ができたのは、テリー伊藤からかな……という気はするんですよね。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の1985年ぐらいから。謎のインド人の超能力者が来日して代々木公園でイベントをやるとか、命を吹き込まれた巨大な大仏が街を歩くとか。
明らかなフェイクなんだけど、それをリアルですという形式で出す。もちろん日本やアメリカのプロレスの影響もあるかもしれないですけど。そういうことをテレビでやって、かつ視聴者も祭りとしてだまされたフリをして乗っかっていく。中には本当に「だまされた!」って怒る人もいたでしょうけど。
大森時生(以下、大森) そういう演出って、本当に怒っちゃう人がいるのも含めてというところはあるので。
吉田 その後の流れとして『ガチンコ!』や『あいのり』が出てくる。しかし両番組の場合は、一応形式としてもヤラセじゃないとして打ち出している。
大森 そうなるとどうしても暴力性を孕んだコンテンツになってしまいますよね。フェイクドキュメンタリーというフィクションを楽しむのではなく、そこの境界線を本当に無くしてしまっている。わかった上で楽しむ人のほうがむしろ少数派になっているがゆえに、一部の事件とかが起きてしまったと思いますけど。
テレビ制作者の僕ですら、どこが作っている部分で、どこがリアルかというのは本当にわからないんですよ。カット割り的に、一回ここでカメラを止めてないと絶対無理といったようにわかる部分もありますけど、それにしたって僕がテレビを作っている側で、映像編集をしているからやっとわかるだけで、そういう知識がない一般の人からしたら、絶対にわからないレベルまでいってしまっている。
吉田 演者が内面でどこまで演技しているかについては、もう当の制作スタッフですらわからないでしょうし。
大森 どれぐらいディレクターが指示しているのかも含めて全部、完全に見えないブラックボックスですね。
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ホラーやフェイクドキュメンタリーと、クレームの相性の悪さ
吉田 さっき『放送禁止』からホラー番組の流れが少し途切れたという話が出ました。確かにその前の『USO!?ジャパン』のようなものもなくなり、『奇跡体験!アンビリバボー』もホラー回を制作しなくなっていった。この流れをどう感じていましたか。
大森 一つの要素として、クレームを恐れているところはあるかと。テレビというのはできれば一つのクレームも受けたくないという体質なので。百人が面白かったけど一人がクレームを入れたら、良くないと判断する状況ではあったりもします。それは当然、ホラーやフェイクドキュメンタリーとは相性が悪いですよね。僕が入社してからの5、6年でも厳しくなっていってる感覚はありますね。
インターネットが普及していない頃は、もう少し野放図だったというか、クレームをつけるのも電話しかなかったですから。今は炎上をするもっと手前で恐れていますね。手前というか、より大きなサイズで問題が起こらないようにしている。実際に炎上してしまう円のサイズより、嫌だなと感じる人のいる円はもっと大きいですよね。そこもクリアしようとしたら、さらにもっと大きい円になるわけですからね。
吉田 後味の悪い番組も作ろうとしている大森さんにとって、テレビという場は相性悪すぎる面もあるんじゃないですか。
大森 だから『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(以下『奥様ッソ』)より『このテープもってないですか?』(以下『このテープ』)の方がやりやすいんですよ。なぜならわかりにくいから。
『奥様ッソ』は具体的かつ明確に、義理のお父さんと娘が家庭内不倫をしているという状況がわかりますけど、『このテープ』は穢れが徐々に移って、徐々に人がおかしくなっていく……みたいなことなので。ある程度ホラー文化のリテラシーがない人が見た場合、ただわからなかったり、嫌な感じがピンとこない人はピンとこないと思うんです。それゆえに『このテープ』の方が安全だと判断する。
吉田 怪談でいえば『奥様ッソ』の方はヒトコワ、つまり霊的ではなく人の精神が怖い、現象としては物理的に起きてもおかしくないジャンルの怖い話。『このテープ』の方は不条理系怪談ですね。幽霊も出てこないし心霊現象がはっきり起こるわけじゃないけれど精神的に汚染されていく、理由も因果関係もわからない意味不明の怖さ。
大森 論理性がない怪異みたいなものが個人的には好きだったので。『奥様ッソ』を作った頃は、さすがにそれはテレビではウケないし受け入れられないかなと思っていたんですけど、『奥様ッソ』から『このテープ』の間に出てきた『フェイクドキュメンタリー「Q」』(以下『Q』)の存在に勇気づけられたかもしれないですね。
理由のない怪異への渇望がある人、それを映像で見たい人もすごく多いんだなと思えたので。『Q』なんて『このテープ』よりさらにわかりにくいとも思いますし。
吉田 あれも感覚でわからなければ、もうわからないですからね。『このテープ』はまだ構造があるから、感覚でわからなくてもストーリーラインとしてこれがあったらこうなったというのがありますけど。『Q』となるともう頭の良し悪しではなく、ホラーの感性がなければわからない類のものです。
大森 それでウケているのが一番すごいと思います。ヒトコワでもなく、因果関係があるから怖いという話でもない。そういったホラージャンルをテレビでやることに魅力を感じて、『このテープ』をやってみたところがあります。
吉田 クレームをつける人がいるのと同じかそれ以上に、共犯関係になってくれる視聴者がいることを期待してもいますよね。特に大森さんの番組って、確実に共犯関係がなければ成立しない。
大森 そうですね。その点では視聴者を信頼しています。