「子どもたちが夢を膨らませ、夢に向かって進む、最高の施設」菊池雄星が夢のプロジェクト「K.O.H」に込めた思い<SLUGGER>

 盛大なスタンディグ・オベーションで新天地に迎え入れられた。8者連続を含む11奪三振。ブルージェイズからアストロズに移籍した菊池雄星が、移籍後初登板となった8月2日(現地)のレイズ戦で6回途中3安打2失点の好投を見せた。

【動画】移籍初登板で快挙! 菊池雄星、アストロズ球団タイ記録の8者連続奪三振

 ブルージェイズとの3年契約の3年目を迎えた今季は開幕当初から好調を維持。6月以降調子を落としていたが、過去7年間でリーグ優勝4度、世界一2度の強豪アストロズから請われて移籍。文字通り、優勝請負人としてシーズン終盤を戦うことになった。

 そんな菊池のグラブを見ていると、ワッペンのところに個性的なロゴが入っていることに気付く。

「K.O.H」――菊池が密かに計画を進めている夢のプロジェクトのことだ。今年11月、菊池は第二の故郷でもある岩手県・花巻市にスポーツ複合施設をオープンさせる。

 トラックマンやハイスピードカメラなど最新機器を常設。それらを活用し、一流の専門家たちが選手の動作やパフォーマンスを分析し、パフォーマンスの向上を目指す。ピッチングスペースやバッティングゲージなどのほか、トレーニングジム、リカバリーを促進するサウナ施設なども完備。いわばアスリートが思う存分にトレーニングを積むことができる場所なのだ。

 施設名でもある「K.O.H」は「King of the Hill」の略称。直訳すると「丘の上の王」という意味になるが、メジャーリーグでは「その試合を制する者」として、特別な敬意をもって投手のことをそう呼ぶ。「『King of the Hill』を花巻から」という菊池の想いが込められている。

 K.O.Hはいわばアスリート育成施設だが、それだけにとどまらない。

 菊池はメジャーリーグで活躍するまでにたくさんのことを体験してきた。少年野球チームに入り、中学ではシニアチームに所属。花巻東高校に進学し、2009年のセンバツで準優勝。西武ライオンズでは17年に最多勝のタイトルを獲得し、翌年にはリーグ優勝に貢献した。これらの貴重な体験から得た知見を一流の専門家たちとプログラム化し、K.O.Hでのアスリート育成に役立てようと菊池は考えている。 菊池はこのプロジェクトについて、次のようなメッセージを記している(クラウドファンディングページより抜粋)。

「K.O.Hは、子どもたちが夢を膨らませ、夢に向かって進む、最高の施設です。メジャーリーガーが使用する一流の機器がそろい、一流の空間があり、一流のケアが受けられ、一流の選手が集う。そこに子どもたちがいてほしい。本物に触れて、大きく夢を膨らませてほしい。小学生の僕がそうであったように、純粋に野球を楽しんでほしい。そのための施設です」

「(中略)僕がメジャーリーグで実感したのは、身体的な力だけでは強くなれないということ。トライアンドエラーのたびに自己分析を正しく行い、次に活かす。つまり『考える力』が必要なのです。K.O.Hには一流の専門家も集います。最新の機器によって導き出されたデータを元に、次にどう活かせば良いかを一緒に考え、『努力の方向』を導きます」

 データサイエンスやバイオメカニクスを活用しながらフィジカルに取り組み、より良い投球フォームの構築につなげる。試合でハイパフォーマンスを発揮するための適切なアプローチを模索する。菊池自身の成功例をそのまま踏襲するのではなく、菊池が一つの辞書となり、プロジェクトメンバーと話し合いながら選手の育成に寄与していく。今も現役中の菊池の知識は日々更新され、バージョンアップされている。そのため、メジャーで主流になりつつある育成法をすぐプロジェクトに反映できる。

 このほど、プロジェクトチームはクラウドファンディングを立ち上げた。目的は「K.O.Hメソッド」を提供するスクール事業の運営費の補助などだが、それだけではなく、菊池やK.O.H.の取り組み全体を支えようとの意図も込められている。

 8月7日、菊池は移籍2戦目のレンジャーズ戦で6回途中4安打8奪三振で新天地での初勝利を挙げた。

 リーグチャンピオン、ワールドシリーズを目指すこれからの戦いはより一層厳しさを増すだろう。そこで得た経験はすべて菊池本人が野球選手としてさらに成長する糧となるが、やがてはK.0.H.の財産にもなる。

 K.O.Hのロゴが刺繍されたグラブとともに、野球最高峰の舞台の最前線に立って戦う菊池。チームだけでなく、花巻、岩手、そして日本野球の未来を背負う覚悟を持ってマウンドに上がっている。

「菊池雄星プロデュース!岩手発、最先端 屋内野球施設 立ち上げプロジェクト」(https://camp-fire.jp/projects/763495/view)

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

【関連記事】史上最年少はトラウトの20歳、ボンズ父子は5回ずつ記録…大谷が日本人初の達成者となった「30-30」にまつわる5つのトリビア<SLUGGER>【関連記事】先発ローテにはフラハティを補強し、複数のユーティリティも加入――ドジャースのトレード・デッドライン獲得選手一覧
 【関連記事】移籍市場最高の先発投手とゴールドグラブ4度の名手獲得に成功。少ない犠牲で戦力を向上させたドジャースの“トレード巧者”ぶり<SLUGGER>