Mercury / credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington

水星は太陽に最も近い惑星なので、太陽の明るさが邪魔をして水星の姿を直接観測できる機会は地球上ではほとんどありません。

日没後や日の出前のほんのわずかな時間だけ、水星は姿を現します。

そのため、水星の様子は地上からの観測ではなかなか分かりませんでした。水星の素顔が明らかになったのは、1974年にNASAの宇宙探査機マリナー10号が水星の近くを通過したときが初めてなのです。

この記事では、そんな謎の多い水星について解説していきます。

目次

1日の長さが1年より長い君は水星を見たことがあるか?水星に水はある?意外とヘビーメタルな水星水星に住める?

1日の長さが1年より長い

水星は太陽にもっとも近い惑星で、地球型惑星に分類されます。 しかし、水星の姿かたちは地球よりも地球の衛星である月に似ています。

水星は直径は約4,880kmで地球の5分の2程度しかないかなり小さい惑星です。これは月の直径の3分の4程度となるため、むしろ月と比較した方が大きさは近いと言えます。

水星は地球から見て約88日かけて太陽の周りを1周します。これはつまり水星の1年は88日しかないことを意味します。

そして、水星の1日は地球の約176日(地球日)に相当します。これは水星の1日が、水星の1年間より長いことを意味します。水星では1日が2年間もあるのです。

このような奇妙な状況になるのは、太陽を周回する公転周期と、水星自体の自転周期が非常に近い速度で起きているためです。

地球の場合は公転周期に比べてずっと速い速度で自転していて、太陽を1周する間に、365回自転します。

しかし水星は自転周期が非常に遅く、公転周期よりも長いため1日が2年あるという、地球の私たちから見るとなんとも奇妙な状況になるのです。

水星がこのような状況になってしまうのは、水星が太陽に近いことに原因があります。太陽に近いため公転周期は速くなり、太陽の重力の影響で自転は逆にゆっくりになってしまうのです。

ちなみに太陽と水星の距離は5790万kmで、太陽と地球の距離の約5分の2しかありません。

ここで勘違いしないようにしないといけないのが、水星の1日が176地球日だからといって、水星の自転周期が176地球日なわけではないという点です。

自転周期とは水星自身が1回転する周期です。一方で1日(1太陽日)というのは、日の出から次の日の出までの時間を指します。

そのため水星の1日は176地球日ですが、自転周期は約59地球日なのです。

なんで? と頭がこんがらがる人もいるかもしれないので、このようになる理由について図を使って説明しましょう。

例えば、下の図の赤の四角いマークのところに水星の都市があると仮定してみましょう。


水星の一日と自転周期。赤い四角は水星上の固定された位置を示している。 / Credit:創造情報研究所

この都市に朝日が差し込む、日の出からスタートして、水星が1回転したときこの都市から太陽がどのように見えるか考えてみましょう。

水星の自転は、公転と同じくらい遅いため、1回転しても完全に太陽に背を向けることができないのです。これは地球に常に同じ面を向ける月と地球の関係に似ています。

そのため、1回自転しても、水星上の都市では1日の半分も経過していない状態になってしまいます。せいぜいお昼過ぎぐらいです。

公転周期の88地球日たってちょうど、水星の都市は日の入になるので、1年の時間が過ぎても、まだ半日、やっと夕方なのです。したがって、自転周期は59地球日ですが、水星の1日は176地球日ということになるのです。

公転と自転が共鳴する

水星では1日の長さが公転周期の2倍になっていますが、自転周期と公転周期の間にも奇妙な関係があります。水星の自転周期と公転周期の比は2:3です。水星が太陽の周りを2回転する間に3回自転するという関係です。

太陽系天体の運動にはこうした簡単な整数比になる現象が良く見られます。

例えば、地球の衛星である月は、地球にいつも同じ面を向けています。これは月の自転周期と地球の周りをまわる公転周期が一致しているからです。比で表すと1:1となります。このような現象は「軌道共鳴(平均運動共鳴)」と呼ばれています。

水星の自転と公転が共鳴する原因は太陽からの潮汐力のためと考えられます。


潮汐ロック / Credit:創造情報研究所

太陽の重力の強さが太陽に近い側と反対側で異なるため、水星は太陽方向に引き伸ばされます。

しかし、引き伸ばされた膨らみの部分(図の緑色部分)は水星の自転に引きずられて太陽方向からはわずかにずれます。このときに膨らみに働く重力(太陽からの引力)について考えてみましょう。

自転方向の成分に注目すると、太陽に近い側では自転と反対方向の力が働き、太陽から遠い側では自転と同じ方向の力が働きます。太陽に近い側の力が強いので結果として自転を妨げる作用が働きます。

このため、自転は次第に遅くなり、自転周期と公転周期の間には整数の比例関係が生じます。

昼と夜の温度差が大きい

太陽に一番近い惑星である水星は、太陽からの強烈な熱を受けて昼間は400℃にまで温度が上がります。これは、鉛が融けてしまう温度です。

一方、夜になると大気がほとんどないので熱が急速に宇宙空間に逃れ、-200℃という超低温の世界になります。

水星の1日の長さは176地球日であるため、400℃の灼熱状態が88日続いた後、-200℃の極寒状態が88日続くというサイクルが繰り返されています。

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君は水星を見たことがあるか?

実は筆者は見たことがありません。地球から水星を見るのはとても難しいのです。ベテランのアマチュア天文学者(市民研究者)でも水星を見たことがない人は多いようです。

水星の観測が難しい理由

水星を見るのが難しい理由の1つは、水星が太陽に近すぎるからです。

地球軌道の内側を公転する惑星を内惑星、外側を回る惑星を外惑星と呼びます。外惑星は、太陽と反対方向の位置になることがあり、深夜の夜空に輝くことがあります。それに対して内惑星は太陽の近傍から大きく離れることはありません。


最大離角 / credit:国立天文台暦計算室

地球から見て内惑星が太陽から最も離れるタイミングを最大離角といいます。水星の場合最大離角のときでも太陽から28°程度しか離れません。そのため、日没直後の西の地平線あたりか、もしくは日の出直前の東の地平線近くにしか見えません。

また、水星は小さな惑星なので輝きが弱く、明け方や夕方の明るい空の中で見つけるのは難しいでしょう。

探査機による観測

地上からの観測が難しいので、惑星科学者は水星の謎の解明のために探査機を水星の近くに送り込んでいます。

実際に、1974年に水星に最接近した探査機マリナー10号によってはじめて水星の素顔が明らかになりました。2011年には探査機メッセンジャーが水星を周回する軌道に乗り、現在も観測を続けています。


メッセンジャー / Credit:NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Carnegie Institution of Washington

また、欧州宇宙機関(ESA)と日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共同プロジェクトとして2018年10月に打ち上げられたベピ・コロンボ (BepiColombo) ミッションでは、水星磁気圏探査機「みお」と水星表面探査機MPOの2機の探査機が2025年12月に水星周回軌道へ投入される予定です。

しかしながら、水星は地球から近いにもかかわらず、水星探査ミッションはそこまでに多くありません。実績としてはマリナー10号とメッセンジャーだけなので非常に少ないのです。それは水星が探査機による探査も難しい惑星だからです。

水星に到達するには多くのエネルギーが必要です。水星は地球より太陽に近いので、地球の重力圏を脱出すれば、太陽からの引力を利用して加速できます。しかし、それだけだと加速しすぎて水星の軌道を通り過ぎてしまったり太陽に向かって落ちてしまいます。そうならないように適切にブレーキをかけたり方向転換したりする必要があるのです。

探査機の運動をコントロールするのにジェットエンジンを使った場合、大量の燃料が必要になります。現在では多くの探査機がスイングバイという方法を使って加速・減速や方向転換を行っています。スイングバイとは惑星の重力を利用して探査機の運動をコントロールする技術です。

ベピ・コロンボ ミッションでは水星周回軌道に入るまでに計9回もの惑星スイングバイを行います。これは史上最多記録です。