自身の薄毛に日々悩みながらも、漫画家のトリバタケハルノブ氏は漫画『東京ハゲかけ日和』を描く。そんなトリバタケ氏が「薄毛」「ハゲ」という言葉に敏感になりすぎたあまり、気づいてしまった、あることとは⁉︎
「AGA」よ、世に出てきてくれてありがとう
「スクールカースト」や「クラスの一軍、二軍」などという言い回しが一般的に使われだしたのはどのくらい前だろう?
少なくとも僕が学生だった頃には聞いた覚えがなかった。なにかの記事でこれらの文言を目にして、「うまいこと言うなあ」と感心した覚えがある。
同時に、「僕らが学生だった頃にこの言葉がなくてよかった」とも思った。
僕が学生の頃にはクラスや友人関係の序列なんてなかった…というわけではないのだが、言葉にはふわふわした概念を固定化してしまうはたらきがある。
ボンヤリと(自分は学校の中であんまりいい位置にいないな)と思って暮らすのもツラいものだが、(自分はカースト下位の存在)だとか(自分はクラスの二軍、三軍の人間)と認識して過ごすのはツラさの質が違うような気がする。
人生経験の少ない子どもの頃なら、クラスの中心で目立っている人物には価値があり、そうでない人間は価値が低いと勘違いしてしまうことだってありそうだ。
逆に「この言葉が出てきてくれてよかった!」と思ったのが「AGA」。
テレビCMで音だけ聞いたときにはなんのことだかわからず、後に「男性型脱毛症」のことだと知った。「AGA」はまさに一聴しただけではなんのことだかわからないところがいいし、「男性型脱毛症」には、男性として生まれた以上避けられない事象のような響きがある。
この漫画の連載前に、どんなタイトルにするか編集者と話し合った時期があった。ところがなかなかこれという案が出ない。原稿が上がり、そろそろ連載の準備が始まるという時期になって僕が提案したタイトルは「東京AGA日和」。
僕としてはなかなか気に入っていたし、実際に決まりかけもしたのだが、ギリギリで却下となってしまった。当時の担当編集者曰く「インパクトが弱い」。なるほど漫画も商売。人目を引くタイトルは大切だ。もう時間がない。刺激的で人目を引きそうな言葉を考えるべく知恵を絞った。
僕自身は、なるべく低刺激の言葉を話し、ひっそりボンヤリと生きていきたいタイプなのだけど、「東京ハゲかけ日和」なんてタイトルの漫画を描いておいて、ムシがよすぎる話でしょうか。
文/トリバタケハルノブ