金星 / Credit:NASA/JPL
金星は、古くから宵の明星や明けの明星として親しまれてきました。
その美しい輝きから、古代ローマでは美の女神ヴィーナスにちなんで名付けられました。
金星は地球と大きさや質量が似ているため、地球の双子星とも呼ばれますが、実際には地球とは大きく異なる特徴を持っています。
この記事では、神秘のベールに包まれた金星について、その謎めいた魅力に迫ります。
目次
美の女神の名をもつ惑星金星の美しさの秘密は厚い雲金星の素顔は?
美の女神の名をもつ惑星
金星は宵の明星、明けの明星としてよく知られています。
非常に明るく美しく輝く様子からヨーロッパでは美の女神「ビーナス」の名前がつけられました。
また、日本では古来より「万葉集」や「枕草子」などの文学作品において、「ゆうづつ(夕星)」として描かれています。この「ゆうづつ」とは夕方に見える金星「宵の明星」のことです。
日本でも金星はとても美しい星として親しまれてきました。
地球の双子星
Credit:Wikipedia
金星は地球の1つ内側の軌道を公転していて太陽からの距離も地球に近く、直径は地球の0.95倍、質量は地球の0.8倍と、大きさもかなり地球に近い惑星です。
太陽からの距離や大きさなど、その特性が地球と類似しているため地球の双子星といわれています。しかし、実際には地球とは大きく異なる環境の惑星です。
たとえば、金星表面の温度は約460℃で、太陽により近い水星の表面温度(昼側約430℃)より高くなっています。金星がこれほどまでに高温なのは二酸化炭素による温室効果が働いているためと考えられています。
また、地球の大気は窒素と酸素が主成分ですが、金星の大気は二酸化炭素が96パーセントを占めています。この分厚い大気のため、金星表面での気圧は約90気圧(1気圧は1013hPa)にも達します。これは地球表面での気圧の90倍で、水深900メートルの海中と同じ圧力です。
金星が地球に比べて極端に大気圧が高いのはどうしてでしょうか?
それは、地球には海があるのに対して、金星には水がほとんどないからです。地球の初期の大気も現在の金星と同じぐらいの大量の二酸化炭素をふくんでいたと考えられています。海がある地球では、海水に二酸化炭素が溶けて石灰岩として大気から除去されました。
しかし、金星では太陽に近いため温室効果の影響が大きく水がほとんど蒸発し、大量の二酸化炭素を含んだ大気が残りました。
太陽と惑星の距離が大気の組成に大きく影響しているため、金星が高温高圧の環境であることは太陽からの距離が原因ともいえるでしょう。金星の大気の成り立ちについては後ほど詳しく説明します。
自転と公転の向きが逆
金星の回転軸を表した画像 / Credit:Jean-Luc Margot/UCLA and NASA
ところで、金星は自転の向きと公転の向きが逆になっています。
太陽系の天体の多くは、自転と公転が同じ方向(北から見て反時計回り)です。しかし、金星は非常に遅い速度で逆向きに自転し、1回転するのに地球時間で243日もかかります。
したがって、地球では太陽は東から昇って西に沈むのに対して、金星では太陽が西から昇って東に沈み、1日の長さは地球の243日分もあるのです
かなり金星の1日は地球の1日と異なることがわかります。なぜこのようなことになっているのでしょうか?
太陽系形成の過程で惑星の公転と自転の向きはだいたい同じになります。これは全体として同じ方向に回転する原始太陽系円盤の中で微惑星同士が衝突して惑星が形成されるからです。
原始太陽系円盤の密度が均一だとすると、外側からぶつかってくる微惑星の方が、内側からぶつかってくるものよりも多いのです。外側からの衝突は公転と同じ向きの自転を生み出す力となります。そのため、自転はおおむね公転と同じ向きになります。
ただし、原始太陽系円盤の密度にばらつきがあった場合、逆向き自転も起こり得ます。
金星の自転の向きが公転と逆向きなのは周囲のガス分布に密度のゆらぎがあったからかもしれません。
しかし、これは確率としては低いため、最初は他の惑星と同じ向きに回っていたのが何らかの外力によって逆向きになったと考えた方が自然です。
最も可能性の高いのが天体の衝突です。他の天体との衝突によって金星の自転軸が反転したと考えられます。
また、金星は太陽に近いので、太陽からの潮汐力による影響も考えられます。太陽からの潮汐力は惑星の自転を遅くする働きがあります。金星の濃密な大気が潮汐力により変形することでその効果を増幅させます。
惑星の自転速度が速い場合自転軸の向きは安定していますが、自転がゆっくりになると自転軸は不安定になります。金星の自転が遅くなったために自転軸の方向が揺らいで、結果として自転方向が反転してしまったのかもしれません。
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金星の美しさの秘密は厚い雲
空を見上げるとひときわ美しく輝く金星は、まさに女神ビーナスの名にふさわしい星です。
この輝きの秘密は金星の雲が太陽からの光をよく反射することにあります。この雲は太陽から受けた光の78%を反射します。金星は地球との距離が近いことも相まって、地球の夜空に輝く天体の中では、太陽と月に次いで3番目に明るい天体です。
大気の成り立ち
金星の大気は非常に厚く、その成分のほとんど(96%)は二酸化炭素が占めています。厚い大気のため、地表面の気圧は92気圧、温度は460℃に及びます。
金星の雲は地球の雲とは全く異なる硫酸でできた雲です。この硫酸の雲は高度45~70kmの範囲に存在しています。雲からは硫酸の雨が降ってきますが、地表がとても熱いので途中で蒸発してしまって地上まで届きません。
現在の金星は高温高圧の世界で、硫酸の雨が降るすさまじい世界ですが、金星の大気にはかつて地球の海に匹敵するほどの水が存在したという説があります。
金星に水が存在した具体的な根拠の一つとして、大気中の水素と重水素の存在比が挙げられます。
これら水素の同位体は、原子核内の中性子の数が異ります。水素の原子核は陽子1つだけで、重水素の原子核は陽子1つと中性子1つで構成されています。
金星大気では、水素に対する重水素の割合が地球大気における割合と比べて100倍以上も大きいのです。重水素と比べて軽い水素が特に高い割合で宇宙空間へ逃げて行った結果であると考えると、つじつまが合います。
太陽が現在よりも若くて暗かった頃ならば、金星がそれほど高温ではないので、地球のような海が存在できたかもしれません。実際、太陽系が誕生して間もない頃、太陽の放射エネルギーは現在の70%程度しかなかったと考えられています。
金星表面に液体の海があったとして、それはいつ頃まで存在していたのでしょうか?
これには幾つかの説が存在しています。
まず、30億年前には蒸発してしまっていたという説があります。
海があったといっても、水の量が少なかったためすぐに蒸発してしまったということです。当時の海の平均水深は300mで、地球の平均水深が3800mであるのと比べるとかなり浅かったのです。
一方、今から7億年前という比較的最近まで存在していたという説もあります。20~30億年間という長期にわたって安定的に海が存在していたということです。
なぜ、大量にあった水が金星から失われたのでしょうか? それは、金星では暴走温室効果によって水が蒸発してしまったからです。
温室効果とは二酸化炭素や水蒸気などにより地表から放出される熱を大気中に保存する働きのことです。温室効果を持つガスのことを温室効果ガスといいます。温室効果のメカニズムは、地表から放射された赤外線が温室効果ガスを含む大気によって吸収されることで大気の温度が上がるというものです。
温室効果 / Credit:環境省 地球環境局
現在の地球では二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球温暖化が環境問題になっていますが、過去の金星では温室効果に歯止めが効かなくなった結果、大量の水が失われたのです。
過去の金星では地球と同じように多くの水を含む大気が存在しました。
金星は地球より太陽に近いため、太陽から受け取るエネルギーの量が多く、そのため地表の温度は地球より高くなります。実際、金星が受け取る太陽光は地球の約2倍です。
金星の大気には二酸化炭素とともに水蒸気が含まれていたため、その温室効果によって大気の温度が上昇しました。温度が上がるとさらに水が蒸発し温暖化がますます加速されます。
地球の場合、上空で冷やされた水蒸気は雲となり雨となって地表にもどります。
一方、金星の場合は太陽に近く大気の温度が高いため、雲(水蒸気)は液体の雨となって地上に戻らず、上層まで運ばれるのです。すると、水は太陽からの紫外線によって水素と酸素に分解されます。水素は軽いので、熱運動によって金星の重力を逃れ、宇宙空間へと飛び出していってしまいます。
残された酸素と二酸化炭素のうち、酸素は地表の岩石を酸化するのに使用され、大気中には大量の二酸化炭素だけが残りました。
このように、金星では水蒸気による温室効果が暴走し、地表の水がすべて蒸発することになったのです。そして、金星は水の雲ではなく、硫酸の雲に覆われる惑星になってしまったのです。
この硫酸の雲や雨はどのようにできたのでしょうか?これも、かつて金星に水があったとすると次のようなメカニズムが考えられます。
金星の地表は460℃という高温のため、黄鉄鉱などの硫黄を含む鉱物が二酸化炭素や水と反応して二酸化硫黄(亜硫酸ガス)を大気中に放出しました。
二酸化硫黄は硫黄を燃やしたときにできる気体です。その後、上空50km~70kmまで上昇した二酸化硫黄が酸素や水と反応して硫酸の雲になったと推測されます。
秒速100mの風
金星の大気の動きも謎に満ちています。金星の大気の最大の謎は、上空に秒速100mを超える強風が吹いていることです。この風速は地表に接している大気の風速ではありません。高度45~70kmにある雲の層の風速です。
金星の自転周期は243日で秒速に換算すると秒速1.6mです。そのため金星上空では自転の60倍もの速さで大気が回転していることになり、この現象は「スーパーローテーション」と呼ばれています。
Credit:Planet-C Project Team
普通に考えると、惑星の固体部分の自転とかけ離れた大気の高速回転の持続は困難です。そのような高速回転が一時的に発生しても地表との摩擦によって、大気の速度は減速していき、結局は固体部分の自転と同程度になるはずだからです。
また、金星の自転は非常に遅いので、太陽に面した昼側の面と太陽と反対の夜側の面では温度差が大きいと考えられます。この状態では昼側で上昇気流が生まれて夜側に向かい、夜側で下降気流となってまた昼側に向かうという循環になると予想されます。
実際に、金星の高度100kmの「熱圏」と呼ばれる層ではこのような対流が生じていると考えられています。なぜ雲の層や下層大気でも夜昼間の対流が支配的にならないのでしょうか?
このように、金星のスーパーローテーションは力学的にも気象学的にも不思議な現象と考えられてきました。この現象を説明するための多くのメカニズムが提案されていますが、まだ完全な解明には至っていません。
この現象を説明する有力な説の1つが、「熱潮汐波メカニズム」です。大気は昼間熱せられて膨張し、夜冷却されることで収縮します。これが繰り返されることで大気中に波が発生します。この波が「熱潮汐波」です。雲の層で太陽光が吸収されて熱をもつとそこから熱潮汐波が上下方向に伝わっていきます。
熱潮汐波は太陽による加熱が原因の波なので、波の発生源は太陽方向つまり自転と逆方向に動いていきます。
その反動で自転の向きの運動量が増加するのです。上空に向かった熱潮汐波は散逸し、下方に向かった熱潮汐波は地表に吸収されます。それらを差し引いた自転方向の運動量のみが残ります。そのために雲の層は自転の速度以上のスピードで動くようになります。
これが、熱潮汐波によるスーパーローテーションの発生メカニズムだというのが現状の理解です。