【甲子園熱戦レポート│5日目】「何球になっても代えるつもりはなかった」は許すべきではない。球数制限下の現代で求められる高校野球指導者の資質<SLUGGER>

 時代錯誤も甚だしい。

 鳴門渦潮のエース岡田力樹が、早稲田実業を相手に185球で完投の末に敗れた。試合の中盤以降は制球が乱れていたが、それでも指揮官の森恭仁は頑として交代させなかった。

 森監督はいう。

「球数が何球になっても岡田を代えるつもりはなかった」

 1週間500球の球数制限が導入されて3年、甲子園における投手の球数は減少傾向にあった。それが今大会はやや増加している風ではあったが、まさか、これまで最多の154球を遥に超えて185球を投げる投手が登場したことにただただ驚いた。

 もちろん、そこにはチーム事情があるのは理解している。鳴門渦潮はエースで4番の岡田が、まさにチームの大黒柱だった。森がいうには今年の6月までは複数投手の起用を検討していたが、夏前になって「負けられない」とエース岡田1人のチームを作ってきたのだという。徳島県大会では岡田がほぼ1人で投げ抜いて甲子園を決めている。

 森は続ける。
 「なかなか2番目、3番目(の投手)が140キロを超える投手を揃えるって、公立高校が主体の徳島県では難しいと思うんですよね。子どもがいない中で野球をやってますからね。選手も散らばりますし。人数が多い学校さんと比べると、しんどいですね。負けたらいけないという公式戦で2番手、3番手の投手を出していけるチームは徳島県では少ない」

 この問題の根本は、1チームだけに限らないかもしれない。というのも、徳島県の代表はいつも1人の投手に頼り切りなことが多いからだ。

 これは、県大会の試合数が少ないというのが一因だ。そのため他の投手を登板させる機会がないというのもあるが、1試合の重みが増していき、森監督が言うように「負けられなくなる」のが根底にある。

 高校野球は周知のように、トーナメントで争う。夏の大会の後、すぐにセンバツをかけた秋季大会が始まり、そこから夏のシードがかかる春季大会、そして本番の甲子園大会はすべてトーナメント戦で、思い切って試すことができないのだ。

 事実、近年の徳島代表を見ると、昨年は徳島商のエース森煌誠が2試合連続で完投の末敗退。2戦目は155球の熱投だった。2022年の鳴門は継投したが(1回戦敗退)、21年の阿南光・森山暁生(現中日)は1回戦で162球を投じて敗れている。

 ただ、鳴門のケースも見逃せない。
  かつて、鳴門も1人の投手で戦うことが多かった。特に13年夏は、3回戦の常葉菊川戦で17対1と大量リードしているにもかかわらず、森脇稔監督は板東湧悟(ソフトバンク)に完投させている。しかし、準々決勝でその板東が疲労のためにベストピッチできないでいると、14~16年は方針を変えていた。

 森脇監督は当時、甲子園でこう話している。

「以前に甲子園でエースを投げさせすぎだと言われまして、方針を改めました。少しずつですけど、他の投手も起用できるようにと考えるようになりました」

 複数投手制を敷いた14~16年のうち1人が、現在日本ハムで活躍する出場した河野竜生だ。彼は今季オールスターに出場するなど元気にプレーしているが、阿南光から中日に入団した森山は左肩を故障。現在は育成契約に降格してもがいている現実もある。

 鳴門渦潮のエース岡田は、将来性を考えれば打者が望ましいだろう。となれば森山のようなことはならないかもしれないが、物事の根本はそういうことではない。どんな投手であっても、いかにして故障から守る環境を作っていくことが我々大人ができることではないだろうか。

「1週間500球」の球数制限導入以降は、指導者の良識を感じることは多かった。制度が決定した当初は規則が緩すぎると思ったものだが、高校野球の指導者たちは制度変更の意味を十分理解して、チーム作りに向き合ってきた。 徳島県の苦しい事情は理解できるとはいえ、こういう起用が続けば、また新たな制限が設けられることにつながるだろう。

 森監督に尋ねた。1試合の球数制限が設けたらどうするのか。

「それはそれで当然対応せなあかんと思いますし、2番手・3番手を育成しますけど、今のうちの状況で、途中で岡田を替えてまで勝てるピッチャーもいない。そうなると、公立校ではしんどいんちゃうかなと思います」

 徳島は、全国では珍しい“私学劣勢地区”である。これまで一度も私立高校が甲子園に出場したことがなく、公立どころとして知られる。伝統校の徳島商業や池田などの他、鳴門渦潮など有力な公立がしのぎを削っている。

 だからこそ「負けられない」という気持ちが働くのかもしれないが、今の時代に185球を投げて「代える気はなかった」と言ってしまうのは時代錯誤もいいところだ。子供を守りながら、いかに勝ちに導くか。それが今の高校野球の指導者に求められた資質であると言うことを誰しもが意識すべきだろう。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

【動画】まさにエースで4番!バットで快音を響かせた岡田

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