7月初めのテニス四大大会「ウインブルドン」(イギリス・ロンドン/芝)で右ヒザを負傷し、そこから約1カ月の戦線離脱を強いられた世界6位のフベルト・フルカチュ(ポーランド)。彼はいち早い回復に向けてテニス界内外の医療専門家や他のアスリートと連絡を取っていたそうなのだが、その1人が同じく右ヒザを痛めながらもパリ五輪で悲願の金メダルを獲得したレジェンド、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)であったことを明かした。
27歳を悲劇が襲ったのはウインブルドン2回戦でのことだった。20歳のアルテュール・フィス(フランス/現23位)と対戦したフルカチュは、6-7(2)、4-6、6-2とリードされて迎えた第4セットのタイブレーク終盤、ネット前で相手の痛烈なパッシングショットをボレーで返そうと飛びついた際に、右ヒザから着地して同箇所を負傷。無念の途中棄権を余儀なくされた。
大会終了直後の7月15日にヒザの半月板手術を決行したフルカチュだったが、結局単複で出場予定だったパリ五輪は欠場。休養期間をリハビリに充て、現在開催中のツアー大会「ナショナルバンク・オープン」(8月6日~12日/カナダ・モントリオール/ハードコート/ATP1000)で約1カ月ぶりとなる実戦復帰を果たした。
そしてブランクの影響を感じさせないプレーでベスト8へ進出。しかし現地11日に実施された準々決勝ではアレクセイ・ポピリン(オーストラリア/62位)に6-3、6-7(5)、5-7で敗れ、惜しくもベスト4を逃した。
とはいえ無事に復帰できただけでも十分だとフルカチュは考えている。大会開幕前に応じたATP(男子プロテニス協会)のインタビューでは「検査の後はいつ復帰できるか、そもそも今年はプレーできるのかという状況で、通常のレベルに戻れるのかもわからなかったから、大変だった」とコメント。予想以上にケガが深刻で心配だったと明かした。
続けて五輪欠場に至った経緯をこう説明した。「コートで動けないのはわかっていたから、残念ながらオリンピックは無理だった。1年間ずっとそこでプレーすることを夢見ていたけど、無理だとわかっていたし、傷もまだ癒えていなかった。だから出場しなかった」
数人の医師からは、来年までは競技への復帰は難しいと言われていた。今回の実戦復帰は、理学療法士およびフィットネスコーチとの集中的なリハビリはもちろんのこと、自身が手術を行なう前から連絡を取っていたジョコビッチが手を差し伸べてくれたことも大きかったそうだ。
「彼の活躍、特に金メダル獲得は、本当に感動的だった。実は(6月にヒザを手術した)ノバクにもメールを送っていた。彼は本当に協力的で、色々と僕を助けてくれた。ただ、お互いにケガの状況が違っていたし、手術の決断を下すのは難しかった。最終的には手術が必要だとわかった」
短いながらも苦しい時間を経験したからこそ「今自分がやっていることへのありがたみを感じる」とフルカチュ。周囲の人々の支えを背に、今後も活躍を続けてほしい。
文●中村光佑
【連続写真】ラケット面を下に向けてテイクバックするフルカチュの鋭いフォアハンド
【画像】フルカチュはじめ、今を時めく弾丸サービスを放つトップ選手たち!
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