その刹那、東海大相模ベンチはサイレント・トリートメントのような空気になった。
和泉淳一部長が明かす。
「みんな悔しがってたんじゃないですかね。メジャーのサイレントトリートメントってあるんじゃないですか。あんな感じで、点数が入ったのに喜んでなかった。2年生に先を越されちゃったという思いがちょっとあるんだと思います」
夏の甲子園が開幕して19試合目にして、ついに初本塁打が飛び出した。低反発バット元年の夏、最初に本塁打を放ったのは東海大相模の8番打者・柴田元気だった。「伏兵」と言えるタイプの打者だった。
「チームのみんなが打ってくるので、自分は守備に集中してチームバッティングをするだけと思っていた。まさか自分がホームランを打てると思っていなかったので、今も驚きです。内からしっかりバットを出して芯で捉えたので、いい打球が飛んだと思います」
理想的なバッティングではあったものの、まさか、自身が“第一人者”になるところまでは想像できなかったようだ。
試合展開としては欲しいところでの一発だった。2対0で8回表の攻撃。次打者は投手の藤田琉生だったが、代打が送られることが決まっていたのだ。僅差の投手交代は難しさもはらむだけに、柴田の本塁打がどれほど大きかったかは推してしるべしだろう。
でも、なぜベンチはサイレント・リートメントのような空気になったのだろうか。
意図していたのか。
「自分はホームラン打つタイプではないので、悔しいっていう気持ちがあったわけではないです。柴田は狙って打ったわけではないと思いますけど、みんながベンチで黙っていたのはまさか柴田がっていうのが大きかったと思います」
そう話したのは1番バッターとして1回表に出塁して先制ホームを踏んだ才田和空だった。部長から「悔しがっているはず」と名を挙げられたうちの1人だ。
柴田によれば、「低反発バット初本塁打」については前日からチームメイト同士で話していたのだという。果たして誰が打つのか。柴田は期待される側ではなく、期待する側として4番の金本貫汰や三浦誠登などに「お前が打つんじゃない?」と話していたそうだ。
金本はいう。
「ホームランを僕が打つと言っていた本人が打ったのでびっくりしました。ホームランは狙ったら野球にならないので、狙わずに打った柴田がすごかったということだと思います。柴田は良いバッターなのは間違いないんで、ホームランを打ってもおかしくはないと思います」
そして、もう一つ、サイレント・トリートメントになった理由がある。
主将で5番を打つ木村海達が言う。ちなみに、木村も部長が悔しいはずと才田ともに名前を挙げられていたうちの1人だ。
「自分たちも打ちたかったんで、先に取られちゃったっていうのはありますけど、そういうふうにしたっていうわけではありません。試合中はガッツポーズをしないようにしているんです。打った柴田もあんまり喜んでいなかったんで、ベンチもそういうふうにしました」
喜んでいないのではなく、喜ばないようにしたというわけである。これは原俊介監督になってからの東海大相模の方針として、感情表現を抑えるようになっているのだという。
才田も証言する。
「神奈川大会からやっていることは、どんなに良いプレーが出ても隙を見せずにやっていこうということです。ゲームセットと言われるまで集中しろと言われているので、ホームランは出たんですけど、ガッツポーズなどを出してしまうと、次のプレーの隙になってしまう。いつもやっていることをやれば勝てると思うので、控えるようにしています」
この試合を通して見ていても、確かに東海大相模の選手たちはタイムリーを打っても、ピンチで三振を奪っても、高校野球でありがちなガッツポーズや雄叫びをあげると言ったようなシーンはなかった。相手を慮りつつチームとして余分な感情の発露を抑える。勝利に向かって一つになるという意味に追いては非常に大事なことと言える。
原監督は話す。
「落ち着いて試合に集中をしよう。感情の欲求をあまり出さずにいこうというのは心がけています」
19試合目にして飛び出した大会初本塁打にも沸かなかった東海大相模のベンチ。
それははからずも、原俊介監督になって生まれた新しいスタイルを見せつける形となった。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
【動画】ついに出た!19試合目での大会第1号ホームラン
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