海王星の内部にある「灼熱の氷」
水は固体の状態では「氷」、液体の状態では「水」、気体では「水蒸気」として存在することが知られています。
ところが、海王星の内部では高い圧力と高温のために、固体でも液体でも気体でもない「超イオン氷」という状態になっているといいます。
超イオン氷はその特異な性質によって海王星の磁場にも影響を与えていると考えられています。
超イオン氷とはいったいどのようなものなのでしょうか?
海王星に存在する超イオン氷は、通常の水の氷のように透明ではなく、光を吸収するため黒く見えます。この見た目からも特殊な氷であることが分かります。
超イオン氷は固体・液体・気体のいずれにも属さない特殊な環境でのみ存在する水(H2O)の状態です。超イオン氷は、圧力100万気圧~400万気圧の圧力と3,000度近くの温度という極限環境でのみ生成されます。
氷と言っても、とてつもなく熱い氷なのです。
シカゴ大学の研究チームは、水(H2O)に上記のような極度の圧力と熱を加え、海王星内部の状況を実験で再現しました。
その結果、超イオン氷と呼ばれる特殊な状態になることを発見しました。
超イオン氷の状態では、酸素イオン(O2–)が格子状に並んで結晶を構成します。水素イオン(H+)は酸素イオンの間を自由に動き回るようになります。この構造は鉄などの金属に似ています。金属の結晶ではプラスの電荷をもった金属イオンの間を自由電子が動き回っています。
Credit:By Goran tek-en, CC BY-SA 4.0
電気を帯びた水素イオンが自由に動き回れるため、超イオン氷には金属と同じように電気を通すという性質があります。海王星の磁場は海王星内部に電気を通す性質を持つ超イオン氷が存在することによって発生していると考えられます。
地球の磁場の原因は地球内部で発生している電流が原因と考えられています。この考え方をダイナモ理論といいます。
地球の場合、ダイナモ理論によると、外核で液体状態の鉄が対流することで磁場が生成されます。内核近くで熱せられた液体の鉄が上昇し、マントル付近で冷やされて降下するという対流が常に発生していて、この動きが磁場を生み出しているのです。
同様のメカニズムで、海王星で超イオン氷が磁場を発生させる理由を説明することができます。
超イオン氷は「氷」という名の通り固体結晶構造ですが、同時に液体の特性も持っています。温度と圧力によっては液体のような挙動を示すことがあります。
海王星の内部では、電気を通す性質がある超イオン氷が対流することで磁場を形成している可能性があります。
海王星の磁場は自転軸に対して47°も傾いており、この磁場の傾きは海王星内部の伝導性の液体によるものと考えられています。
地球、天王星、海王星の磁場の違い / 地球、天王星、海王星の磁場の違い Credit: ETH Zurich / T. Kimura
この液体部分に超イオン氷が存在し、この超イオン水の層が対流することで、電流が発生し、電磁石のように磁場を形成する可能性が示唆されています。
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海王星の衛星
1846年の海王星が発見されたときに衛星トリトンも同時に見つかっています。
トリトンの外観 / トリトンの外観 Credit:NASA/JPL
海王星の衛星は全部で14個見つかっていますが、その中でもトリトンは変わり者で、海王星の自転とは逆向きに公転しています。
惑星の自転と逆行して公転している衛星は木星や土星にもありますが、トリトンほど惑星に近く、かつ大型の衛星で逆行する軌道をもつ衛星は太陽系には他にありません。
この原因については、トリトンが海王星とは別のところで生まれた天体であり、後から海王星の重力に捕らえられて衛星になったためだと考えられています。
火山を持つ衛星としては、木星の衛星イオがよく知られていますが、トリトンにも火山があります。
トリトンの火山は、「氷の火山」または「低温火山」と呼ばれています。
「氷の火山」は水やアンモニア、メタンなどの揮発性の物質を火山のように噴出する現象です。地球の火山では、内部の熱で融けた岩石がマグマとして噴出しますが、トリトンの火山が噴出しているのは主に窒素です。
トリトンでは表面が窒素を含む氷でおおわれているため、内部の熱が岩石から表面の氷に伝わり、窒素の氷から昇華した窒素ガスが噴出しています。このような火山活動は、太陽からの遠い表面温度の低い天体で見られるので「低温火山」ともいわれます。
トリトンの赤道付近にはマスクメロンのような亀裂による模様がみられます。
トリトンの断層による模様 / トリトンの亀裂による模様 Credit:NASA/JPL
これは氷の地殻が膨張と収縮を繰り返してできたものです。クレータがそれほど見られないことから比較的新しい地形と考えられています。トリトンの内部には放射性物質の崩壊による熱が存在し、この熱が氷の地殻を膨張させ、亀裂を形成する要因となっている可能性があります。
トリトン全体には希薄な大気が取り巻いていますが、その成分は主に窒素だと考えられています。
ところで、地球の衛星である月は地球から1年に2~3cmずつ遠ざかっていますが、これに対してトリトンは海王星に近づいいることがわかっています。
この原因は月と異なり、トリトンが海王星の自転の向きと逆向きの逆行軌道で公転しているためです。
この現象は次のように説明することができます。地球と月の場合、月の引力(潮汐力)によって地球の海面が盛り上がります。地球の自転は月の公転よりも速いため、潮の膨らみは月よりも少し前に位置します。これにより、月は地球の潮汐の膨らみから引っ張られる力を受けます。この力によって月の公転が加速され、公転の遠心力が強くなり月は地球から遠ざかります。
月が地球から遠ざかる理由 Credit:創造情報研究所
海王星とトリトンの場合、トリトンが海王星の潮汐で変形した部分から力を受けますが、逆行しているためトリトンの公転は減速されます。その結果遠心力が小さくなりトリトンは海王星に近づいていくことになるのです。
では最終的にトリトンは海王星に墜落してしまうのでしょうか?
現在の予測では、海王星に近づきすぎたトリトンは、いずれその潮汐力で引き裂かれバラバラに砕けてしまうと考えられています。
その後、トリトンの破片は海王星を取り巻く美しい環となることでしょう。実際にそんなことが起きるのは、何億年も先の遠い未来の話ですが…
海王星は太陽系の最も外側に位置する惑星のため、観測が難しく多くの謎が残されています。
将来的には海王星の観測に特化した探査機が送られるかもしれません。海王星の大気や磁場、衛星系などの詳細な調査は、太陽系の形成や進化に関する重要な知見をもたらすと期待されています。
参考文献
惑星のきほん
https://www.amazon.co.jp/dp/4416617496
惑星科学入門
https://www.amazon.co.jp/dp/406159222X
Fluid-like elastic response of superionic NH3 in Uranus and Neptune
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.2021810118
ライター
浅山かつのり: 屋号:創造情報研究所。大学で物理学を専攻し、課外活動では天文研究会の会長を務めました。現在はITエンジニアとして働きながら、サイエンスライターとしても活動しています。歴史にも興味があり、史跡めぐりや歴史関係の本を読むのも好きです。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。