1980年代にプロレスブームを加速させたマンガ『プロレススーパースター列伝』は、ドキュメンタリーに見せかけて、ファンタジーがたっぷり含まれていました。
『プロレス スーパースター列伝』1巻(グループ・ゼロ)
【画像】え…っ? ファンタジーはあってもみんな似すぎ!こちらが『プロレススーパースター列伝』に登場した外国人レスラーたちです(6枚)
ファンタジーすぎる「地獄突き」特訓
プロレスブームが何度目かの絶頂期を迎えていた1980年代前半、初代タイガーマスクの登場によって子供たちの間でもプロレス人気が大爆発しました。その爆発をさらに煽り立てていたのが、「週刊少年サンデー」(小学館)に連載された梶原一騎先生原作、原田久仁信先生作画によるマンガ『プロレススーパースター列伝』です。
初代タイガーマスクをはじめ、スタン・ハンセン、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ミル・マスカラス、タイガー・ジェット・シンなどの人気レスラーが次々と登場し、その半生がドキュメンタリータッチで描かれていきます。画面のなかで暴れ回るプロレスラーたちの知られざる秘話を知り、少年の読者たちは想像を膨らませて熱狂しました。
プロレス界と深い関係のある梶原先生が原作を務め、さらに梶原先生と仲の良いアントニオ猪木さん(後に関係が悪化)が似顔絵入りでコメントを入れていたこともあり、当時の読者は「ここに描いてあることが真実だ」と完全に信じきっていました。原田先生の劇画風の絵柄も、信ぴょう性をブーストさせていたように思います。
しかし、大人になってから読み返して、明らかにファンタジーが過ぎる場面もいくつもあることに気付いてしまった読者も、少なからずいたようです。代表的な場面を振り返ってみましょう。
アブドーラ・ザ・ブッチャーに「地獄突き」を教えたガマ・オテナ
ブッチャーといえば印象的なのが、そろえた指先で相手の喉元を突く「地獄突き」でしょう。空手のポーズと、セットで記憶している人も多いと思います。
うだつの上がらない悪役レスラーだったブッチャーに地獄突きを教える師匠として登場するのが、シンガポール在住の空手の達人「ガマ・オテナ」です。ガマ・オテナは映画スターも含めて3000人の門下生を持ち、現地では3歳の子供でも知っている存在と描かれていますが、実在は確認されていません。
地獄突きを習得するため、ブッチャーが課された特訓もすさまじいものでした。紙が燃えるほど熱した小石を大量に入れた鍋を、ヤケドしないよう猛スピードで突くという内容だったのです。苦心の末、なんとか特訓をクリアして地獄突きをマスターしたブッチャーは、一流悪役レスラーへの道を歩みます。しかし、この特訓は何もかもがファンタジーでした。
そもそも前置きとして、梶原先生自らがブッチャーから伝説や作り話ではない真実をインタビューするというエピソードが挿入されているのに、その直後に登場するガマ・オテナが架空の人物というのが『プロレススーパースター列伝』のすごいところだと思います。
アンドレ・ザ・ジャイアントが活躍した「パリの怪奇プロレス界」
「大巨人」の異名を持つアンドレ・ザ・ジャイアントが、「モンスター・ロシモフ」という名前で活躍する舞台として登場するのが「パリの怪奇プロレス界」です。
パリのプロレス界は不気味な怪奇レスラーが多く、「手のつけられない反則狂」のカシモド、「ガイコツ男」のバラバ、「もと日本の特攻隊員」のザ・カミカゼなどが人気だったとされています。その後もアンドレに過酷なハンディキャップマッチを強いるなど、怪奇レスラーが多いだけでなく、非情な組織として描かれていました。
プロレスの起源はサーカス(見世物小屋)とレスリングが一体となった19世紀のフランスですが、20世紀のパリに「怪奇プロレス界」があったとは確認されていません。ただし、カシモドは実在した怪奇派レスラーで、アンドレとタッグを組んだこともあったようです。
梶原先生原作の『タイガーマスク』には、大金持ちが大金を賭けて殺人試合を行うパリの地下プロレスが登場しますが、梶原先生は華やかなパリに残酷な地下プロレスがあるというイメージが好きだったのかもしれません。
ミル・マスカラスが表紙の『プロレススーパースター列伝』3巻(グループ・ゼロ)
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オット! 昔やられた宿敵に教えちゃソンだ
ミル・マスカラスにアズテカが教えた「ウラウナ火山の鉱泉」
「仮面貴族」の異名を持つ人気覆面レスラー、ミル・マスカラスの華麗なる空中殺法と、入場曲「スカイ・ハイ」に心踊らされたファンは多いことでしょう。
『プロレススーパースター列伝』では、マスカラスの大ピンチが描かれています。マスカラスの人気ぶりをねたんだアメリカ人レスラーたちにバトルロイヤルでリンチされ、右ひざを複雑骨折する重傷を負ってしまったのです。
もはや再起不能かと弱音を吐くマスカラスのもとへやってきたのが、かつてマスカラスに叩きのめされた悪役王の「不死身仮面」ことアズテカでした。いきり立つ実弟のドスカラスを尻目に、アズテカはこんな独り言をつぶやきます。
「ウラウナ火山の頂上近い西側に ごくぬるい鉱泉がわいてるが…… なぜかこれが魔法のように打身 骨折にはよくきくんだよな おれは骨折するとすぐでかけたっけよ オット! 昔やられた宿敵に教えちゃソンだ あばよ!」
そして、鉱泉に出かけた2週間後、マスカラスはウラウナ火山の岸壁を宙返りしながら駆け下りることができるほど回復していました。マスカラスはアズテカを「すばらしいアミーゴ(友)」と認めて、感謝を捧げています。
素晴らしい友情のエピソードですが、マスカラスが鉱泉で骨折を治したことも、ライバルだったアズテカの存在も、ウラウナ火山という地名さえも、すべて梶原先生が創作したファンタジーでした。
『プロレススーパースター列伝』から学んだこと
ほかにも『プロレススーパースター列伝』には、幾多のファンタジーが盛り込まれています。筆者は以前、「ザ・ファンクス編」に登場するドリーにプロレスをやめるよう迫った恋人「バーバラ」の存在をテリー・ファンク本人に確かめたことがありますが、「誰だい、それは」と大笑いされたことがありました。
しかし、ファンタジー、つまりウソが多いからといって、『プロレススーパースター列伝』はけっして唾棄すべき作品ではありません。
ブッチャーが地獄突きを学んだエピソードから、何事も必死に取り組めば道が開けるということを学んだ子供たちだっていたはずです。パリの怪奇プロレスから、華やかなものには裏の顔があることを学んだ子供たちもいたでしょう。マスカラスとアズテカのエピソードからは、友情の素晴らしさや人は見かけによらないものだ、と学んだ子供もいたのではないでしょうか。
何より、プロレスは虚実皮膜のエンターテイメントであること、ウソを大いに楽しみ、真実だと喧伝(けんでん)されているものを疑うことを教えてくれたのも『プロレススーパースター列伝』だったのです。今あらためて読む価値のある作品だと、強く思います。