2022年、新興プロレス団体〈PPP.TOKYO〉でデビューしたエチカ・ミヤビは、MtF(出生時に割り当てられた性別が男性で、性自認が女性のトランスジェンダー)の女子プロレスラーだ。幾多の葛藤を経て、9月に性別適合手術からのプロレス復帰を目指す彼女が、「女として生きていく」決めた理由とは?
『わたしたち、体育会系LGBTQです 9人のアスリートが告白する「恋」と「勝負」と「生きづらさ」』より一部を抜粋、編集してお届けする。
強くて、かわいい女になりたい
ファイトを終えたエチカ。見ると複雑な気持ちになるのはわかっているのに、つい試合についてのXのポストやYouTube動画のコメント欄をのぞいてしまう。
「元・男!」
「結局、また男っぽいことしているじゃん」
そんな言葉を目にするたび、エチカは胸をグサリと刺されたような気分になる。
それに比べれば「ブス!」なんて言葉は、うれしくないが、まだマシだ。
わかっている。「おら!」「うりゃ!」なんて叫び声を上げて技をかければ、「男!」「男!」「男!」なんてナイフのような言葉が飛んでくることは。
でも、ありのままの自分を出すのがプロレスの魅力。そこについてはエゴイストでなければならない。おかしいくらいに熱狂している人間でなければ、お客も熱狂してくれない。
ムカつくから殴る。痛てぇから叫ぶ。それでいいじゃないか。女だって、危険を感じれば大声で抵抗の声を上げ、手足をバタバタさせて必死に抗うじゃないか。
エチカが目指すのは「かわいくて、強い」女子プロレスラー。その道に迷いはない。ひたすらに自分の信じた道を進めばいい。
だけど、まだ「自分はどう見られているのか」と気になってしまう弱い自分がいる。だから、つい今日もコメントを見てしまう。
それはプロレスラーとして、まだ自分が未熟な証拠だ。
いつか、自分に「男!」とヤジを飛ばす客にも、そんなことを言わせないくらい、めっちゃかわいくて、めっちゃ強い女子プロレスラーになりたい。いや、なる。「もともと男?そんなの関係ないじゃん」と言われるくらい、魅力的なプロレスラーに。
だから今日も弱い自分を認め、受け止め、立ち上がり、もっと素敵な女になるために鏡に向かい、もっと強くなるためにリングに上がるのだ。
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「男として生きる」と言い聞かせて
エチカ・ミヤビは2022年、新興プロレス団体〈PPP.TOKYO〉でデビューした女子プロレスラー。ただし、女性は女性でもMtF(出生時に割り当てられた性別が男性で、性自認が女性のトランスジェンダー)である。2001年3月25日生まれの期待の若手だ。
「幼い頃から仮面ライダーとかに興味が湧かなくて、好きなのはディズニープリンセスやプリキュア。戦隊モノでも目がいくのは女子でした。友達と戦隊ごっこをしようとなれば、男子の多くはリーダーで主役っぽいレッドの役をやろうとするんですよ。
でも、私は『ピンクでいい』とポソッと言う感じ。周囲の大人は『控えめな子だな』なんて思っていたんじゃないですか。実際、小学校の途中くらいまでは内弁慶の引っ込み思案なタイプでしたけど」
自分の心は〝女性〟である。物心ついたときにはそうだった。
「ズボンではなくスカートがはきたくて、『なんでこっちはダメなの?』とかピーピー泣いては母を困らせていたみたいですね。本当に嫌だったんでしょう。母には『それは違うの、あなたは男の子なのよ』とたしなめられていたそうで。ワガママな子だと思われていたかもしれません」
だからといって、母に恨みはない。時代的にもそれが普通だっただろうし、仕方がないことだったと思っている。
「服は仕方ないけど、好きなものは否定しない母でしたから。仮面ライダーが嫌で、戦隊ヒーローではピンクの役が好き、みたいなことについてはダメとか言われませんでした」
母は未婚のままエチカを産んだ。今も誰が父親なのかは知らないし、記憶もない。祖母にも助けられながらエチカを育てた母は、大らかな人だった。こうして幼少期より、エチカはある意味、ありのままに生きてきた。だが、成長にするにつれ葛藤を抱き始める。
「小学校3年くらいからですかね。『男は泣いちゃいけない』『男らしくしなくては』みたいなことが嫌だったのですが、『受け入れなくちゃ』という自分も出てきました。そうするしかないというか」
小学校に入学以降、自分は普通に過ごしているつもりなのに、どうも自分は普通の男子ではないのかも、と感じることが増えた。生来の引っ込み思案が顔を出して、周囲の目が気になる。「普通ではない」自分をそのまま出し続けることに対して躊躇するようになった。
「強く自己主張できるタイプだったら、『いや〜ん』みたいな言葉づかいもできたのかもしれませんけどね。『女の子だったらよかったのに』なんて思っては、むなしくなったり」
高学年になると体毛が濃くなり出すなど、嫌でも自分の身体は男である現実を突きつけられた。
「見た目もけっこうイカツくなってきたんですよね。それで、もう男として生きていくしかないんだ、と自分に言い聞かせました。男として生まれた以上、そのほうがラクだろうと。
だから、女子の誰が好き、みたいな話が男子の間で始まってくると、心のなかでは『わかんねぇな』と思いながら、『○○ちゃんかな』とか話を合わせるようになりました」
葛藤と疑問を抱えつつ、男として行動するようになったエチカ。その行動の一環として熱中することになるのが、スポーツだった。