「一番なりたくない病気」と語る医師も…潜在患者1000万人以上の「ナゾの病」化学物質過敏症とは何か

しぼられつつある「ナゾの病」のカラクリ

では、直接の原因として何が考えられるのか。その答えを導き出そうとした国内外の研究結果をまとめると、一つの有力な仮説が出ているという。基礎医学的な研究結果のみならず、実際に診療にあたる医師の治療経験を併せてみても、ここに来てかなり確証の高いものとなっている。

「化学物質過敏症は、外の環境からのさまざまな刺激に対して脳が敏感に関与する、脳過敏(中枢性感作)な疾患であることがわかってきました。わかりやすくいえば、気管支喘息は気管支が過敏な疾患、アトピー性皮膚炎は皮膚が過敏な疾患、化学物質過敏症は脳が過敏な疾患ということになります。

脳が関与していると思われる疾患を中枢性感作症候群と呼び、同じ概念と考えられる疾患としては片頭痛、慢性疲労症候群、線維筋痛症などがあります。これらに対し、脳の敏感さを抑えてあげられるような薬の投与ができないか。そして、それが症状を軽くし、本当にこの病で困っている患者を救う有効な方法なのではないかと考えられています」

過剰に反応する化学物質をある程度避けることは必要だが、そこにポイントを置くのでなく、模索しているのは脳や神経にアプローチする治療法である。

「ごく簡単な例ですが、スギ花粉症の人に花粉がバンバン飛んでいる映像を見せると体が自然に反応し、鼻水が出たりする。確かにスギ花粉が悪さをしてアレルギーを引き起こしてはいますが、こうした現象は脳からきている部分も多分に関与していて、原因には大きく分けて2通りが考えられるのです。

局所麻酔薬アレルギー疑いの患者さんを調べたときも、検査で単なる生理食塩水を投与したところ、局所麻酔薬を投与されたときと同じような症状を訴えた例もあり、アレルギーや過敏症では脳が関与する、いわゆる“気のせい”と言える部分もあながち否定できない。まだ仮説段階ながら、こうした感覚や脳の問題が化学物質過敏症では大きいのではないかと考えています」

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化学物質過敏症かも…と思ったら

実際に患者を診ていると、化学物質との闘いをひたすらやり続けている人ほど治りが悪い印象を受けるという。

これには反論する患者も少なくないと思われるが、渡井医師は「患者との信頼関係が成り立ってから」と前置きしたうえで、「化学物質との闘いは、あるところまでで制限して、気にしすぎない生活を送ってみるのも一つの手かもしれません」と、アドバイスしている。

化学物質過敏症は血液検査などの具体的な数値による診断基準がなく、診断法としては問診が主体だ。このため、まずは化学物質過敏症以外の他疾患を除外することが重要とされる。

そのうえで、化学物質過敏症患者を診た経験がない医師には難しいが、経験のある医師なら5分ほど話を聞けば大方診断がくだせるという。

受診方法としては、まずは身近な病院のアレルギー科、咳などの症状が出ているなら呼吸器内科も対象となる。そこで化学物質過敏症はアレルギーとは異なる疾患なので、「アレルギーなのか、そうではないのか」を判断してもらうことが第一段階として重要だ。

渡井医師はこのほど『化学物質過敏症とは何か』(集英社新書)を上梓し、この病気の詳細を記した。「患者への理解を深めるとともに、アレルギー科以外の専門の診療科との連携も必須となるため、医療従事者にもより関心を寄せてもらいたい」と話す。

出版後の反響は小さくなく、患者の家族から「やっと化学物質過敏症という病気の理解ができたました」と、感想をもらったという。

「アレルギー科医としてこの病に精通し、確実な治療につなげていきたい。そして、このようなやっかいな病を引き起こす原因の一部が脳へのストレスだとすれば、過敏症の予防のために、ストレスのかからない、ストレスをかけない生活をみんなで考える。そんなことも必要なのかもしれないなと感じています」

取材・文・撮影/藤井利香
編集/一ノ瀬 伸