至近距離からマシンガンを撃たれようが、大多数の敵に囲まれようが、どんな窮地に陥っても必ず生き残る男――それがアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公、キリコ・キュービィーです。なぜ彼は、数多の死亡フラグを回避することができたのでしょうか。



TVアニメ『装甲騎兵ボトムズ』は1983年4月1日より全52話が放送された (C)サンライズ

【兵器感にむせる】こちらがみんな大好き「スコープドッグ」いろいろです(9枚)

キリコ・キュービィーはなぜ死なない?

 どのようなピンチが訪れても主人公だけは必ず生き延びる……そのような現象を「主人公補正」と呼ぶことがあります。いまからおよそ40年前、サンライズ(当時は日本サンライズ)によって制作されたTVアニメ『装甲騎兵ボトムズ』は、まさにこの主人公補正をエンタメとして存分に活かしたアニメでした。

 しかも同作が面白いのは、「なぜ主人公が無敵なのか」ということについて、作中ではっきりと理由が説明されていたことです。

 同作は『太陽の牙ダグラム』や『蒼き流星SPTレイズナー』などで知られるロボットアニメの巨匠、高橋良輔さんが原作と監督を務めており、これまでサンライズが送り出してきたリアルロボットアニメのなかでも「最高峰」との呼び声があります。

 放送から40年以上経ったいまでも新しいフィギュアが続々と展開され、放送40周年を迎えた2023年には「装甲騎兵ボトムズ40周年展~大河原邦男、塩山紀生のイラストをジオラマで体感せよ~」が開催されるなど、多くの人から愛され続けています。

 その魅力は泥臭い戦闘描写やミリタリー色の強いロボットデザインなど実にさまざまで、なかでも特筆すべきなのが主人公「キリコ・キュービィー」の存在でしょう。幼い頃から戦争しか知らなかった寡黙で無愛想な青年で、戦闘に関する能力はピカイチです。「アストラギウス銀河」を二分する「ギルガメス」と「バララント」の百年戦争において、兵士として異常なまでの才能を発揮していくこととなります。

 そもそも『機動戦士ガンダム』や『太陽の牙ダグラム』などのように、『装甲騎兵ボトムズ』以前に放送されたサンライズのリアルロボットアニメでは、未成熟な主人公が機体のスペックに助けられながら成長していく……というのがある種のお決まりパターンでした。

 それに対してキリコは、物語のはじめから「最強」の存在として登場します。搭乗機体である「スコープドッグ」は、ありふれた量産機のひとつで、ときに敵の機体を奪って乗り換えたり、スクラップを組み合わせて新しい機体を作ったりと、キリコは自身の腕ひとつで窮地を脱していくのです。兵士として完璧といいたくなるような人物像に、多くの人が虜(とりこ)になったことでしょう。

 おまけにキリコは、どんな状況に置かれても絶対に死なないという特異体質の持ち主でした。たとえ至近距離からマシンガンを撃たれようが、大多数の敵に囲まれようが、奇跡的に生還して死ぬことがないのです。

 のちに「異能生存体」と呼ばれるこの特性は、広いアストラギウス銀河においても該当者はキリコただひとりでした。そしてその謎めいた性質は、TV版終盤のストーリーにも大きく関わっていくこととなります。その理由を語るうえで欠かせないのが、同作のラスボス的存在である「ワイズマン」でした。



最終回の後日談を描いたOVA『装甲騎兵ボトムズ 幻影篇』1 DVD(バンダイナムコフィルムワークス)

(広告の後にも続きます)

死なない男、キリコ・キュービィーが最後に選んだ結末

 ワイズマンとは肉体のない意志だけの存在で、惑星「クエント」の古代文明時代に発生した新人類――「異能者」たちの成れの果てです。異能者は身体能力と知能が極めて高く、その力をもって全銀河を統治しようと目論んでいましたが、結局成し遂げることはできず、以降はワイズマンとして文明を裏から操っていました。

 実は「ギルガメス」と「バララント」の二大勢力を生み出した張本人でもあり、闘争のなかから新たな異能者が生まれることを期待して、人類に絶え間ない戦争を仕掛け続けてきたのです。その結果、誕生したのが、次世代の異能者ともいうべき体質をもつ人物……すなわち主人公のキリコでした。彼が数多の死亡フラグをへし折る「フラグブレイカー」であることには、理由があったのです。

 そしてキリコを自分たちの後継者にしようと目論んだワイズマンは、アニメ第48話「後継者」で直接、接触を図り、自分たちの代わりに宇宙の支配者になるよう話を持ち掛けます。当然キリコはこの話を断るものと思うかもしれませんが、「喜んであんたの後継者になろう」と快諾するのでした。

 では、物語はどのような形で決着がつくのでしょうか。最終話「流星」でキリコは、ワイズマンが思ってもいなかった行動をとりました。後継者となる処置をしようとあらわになったワイズマンの電子頭脳に次々と銃弾を撃ち込み、破壊したのです。それまで仲間たちに冷たい態度を取っていたのも、全てはワイズマンを欺くための作戦であり、キリコは最初から後継者になる気など、さらさらなかったのでした。

 そして全てに決着をつけたキリコが選んだ道は、「戦いがある限り利用される」がゆえに「戦いのない世界」へ行くことでした。心から愛する「フィアナ」とともに冷凍カプセルに入り、永遠ともいえる眠りについたところで、物語は幕を下ろします。

 しかしキリコの戦いはこれで終わりません。皮肉にもこのTV版が人気作となったことで後年OVAが制作され、1994年に発売されたOVA『装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端』では、32年間のコールドスリープから目覚めたキリコが新たな戦いに足を踏み入れる姿が描かれています。OVAはそれ以降も『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ』『装甲騎兵ボトムズ 幻影篇』と発売され続け、同作の世界は広がっていきました。

 どんな窮地に陥っても必ず生き残る男、キリコ。いかなるピンチを乗り越え、死線をくぐり抜けていったのか、あらためて足跡を辿ってみると面白いかもしれません。