新品同様の車体が80万円引きで買える
2021年式「パン・アメリカ」は、国内の希望小売価格が230万円を超える高級モデルだ。しかし、オートバイの中古サイトを覗くと、走行距離わずか10キロの同じモデルが車両価格150万円台で販売されている。
一方で、アドベンチャーバイクで人気の高いBMWの「R1250GS」は、希望小売価格が220万円ほど。中古価格を見ると、数千キロ走っていても200万円台で取引されているものが多い。こちらは人気がまるで落ちていないのだ。
1250ccの「パン・アメリカ」は、間違いなくBMWのGSシリーズの市場を奪うべく開発されたものだろう。
BMWのGSシリーズはエンデューロと呼ばれる自然の地形を生かしたダートコースに最適化したもの。BMWは世界一過酷なモータースポーツ競技と言われるダカール・ラリーで1981年に初優勝し、このブランドの走破性と耐久性の強さを世界中に見せつけた。アドベンチャーバイクの分野では、先頭を走りつづけてきたメーカーだ。
強力なブランド力で市場を奪える自信があったハーレーはそこに殴り込みをかけたわけだ。しかし、アドベンチャーバイクの愛好家の間では、同じ排気量と価格、性能であれば、BMWを選ぶ人が多い。長年培った信頼があるからだ。
その上、ハーレーブランドに親しんだ人は、異形とも言える出立ちの「パン・アメリカ」に手は出さないはずだ。「ハーレー」の代名詞ともいえるアメリカンタイプとはまるで違うイメージだからだ。
ハーレーダビッドソンは安売り路線を改めたが、新規参入であるアドベンチャーバイクは例外とするべきだった。BMWと同様の価格設定にするのは無理があると言わざるを得ない。
パリダカでBMWと激しくやりあったホンダのアドベンチャーバイク、「アフリカツイン」は希望小売価格が150万円と安い。スズキの「Vストローム1050」も希望小売価格は160万円ほど。国内メーカーは価格によって競争力を高めている。
「パン・アメリカ」は女性ライダー(YouTuber)が、試乗して感想を語る動画を多く見かける。ハーレーがプロモーションでオートバイ初心者を取り込もうと苦心している状況が浮かぶが、実際に販売台数を見る限りは成功しなかった。その結果、販売不振となってディーラーへの過剰なノルマとなり、圧力をかけることに繋がったのだろう。
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過去モデルと競合他社から何を学んだのか?
同様に水冷エンジンの「スポーツスターS」も鬼門となっている。希望小売価格は200万円近いが、中古サイトは走行距離10キロのものが車両価格130万円台で販売されている。
他にもハーレーのスポーツスターシリーズには「XL1200NS」(通称アイアン)と呼ばれるモデルがある。2018年から2021年まで販売されていたものだ。このモデルは中古市場で未だに200万円前後で取引されている。同時期に販売されていた「XL1200X」(通称フォーティエイト)に至っては、200万円台後半で販売されているものも多い。
スポーツスターの人気は地に落ちてしまったのだ。
いずれ空冷から水冷に移行しなければならないのは、時代の流れからも当然だが、ハーレーと言えば空冷。消費者に醸成されたそのイメージは、どこかで乗り超えなければならない。「スポーツスターS」の不振は、ハードルが長年培ってきたイメージからの脱却があまりに高かった証拠なのか。
ハーレーの水冷エンジンモデルはすでに市場投入されていた。2001年から2017年にかけて製造されていた「Vロッド」シリーズである。このシリーズは、現在でも中古市場で200~300万円台で取引されているほどの人気がある。
このモデルは冷却水の放熱を行うラジエーターを車体デザインに取り込み、エンジンに空冷のようなフィンを刻んでいる。そのため、見た目は水冷らしくなく、“ハーレーっぽさ”を保っている。一方、「スポーツスターS」にはそのような造形が少ない。特にエンジンのフィンのデザインは重要な要素にも関わらずだ。それは多くのメーカーがすでに証明していた。
日本で絶大な人気を誇るカワサキの「Z900RS」や、イギリス屈指のバイクメーカー・トライアンフの往年の名車を象った「ボンネビル」は、水冷エンジンにも関わらずフィンを設けている。これは空冷エンジンファンを意識し、飾りとしてつけているものだが、レトロ感を醸成してライダーを惹きつけている。
現在のハーレーはマーケティングを重視するあまり、車体へのこだわりが薄くなっている印象を受ける。
この苦境をいかにして乗り超えるのか、5か年計画の後半戦に注目だ。
取材・文/不破聡 サムネイル/Shutterstock