『シティーハンター』ファンに大きな衝撃を与えた「香の死」。賛否両論を集めた『エンジェル・ハート』は、どのように生まれたのでしょうか。
『シティーハンター アニメ全史ぴあ』TSUTAYA購入者特典クリアファイル。プレスリリースより (C)北条司/コアミックス・読売テレビ・サンライズ
【画像】えっ、スタイル抜群! これが「リョウも『もっこり』必至な槇村香のハイレグ水着姿です(6枚)
不完全燃焼だった『シティーハンター』
鈴木亮平主演の実写ドラマが大好評を博すなど、北条司先生の『シティーハンター』は熱烈なファンが多数いることで知られています。
そんな『シティーハンター』ファンの頭を悩ませ、心をかき乱しているのが、北条先生が2001年に発表した『エンジェル・ハート』です。同作もシリーズ累計発行部数が2500万部を超える大ヒット作ですが、「受け入れたくない」と考えているファンが少なからず存在します。
なぜなら、『エンジェル・ハート』では『シティーハンター』の主人公、「冴羽リョウ」のパートナーである「槇村香」が死亡してしまっていたのです。なぜ香は死ななければならなかったのでしょうか。
『シティーハンター』が「週刊少年ジャンプ」誌上で最終回を迎えたのが1991年12月のことでした。しかし、最終回は急遽決まったものであり、北条先生は慌ただしく最終回を描かなければならなかったといいます。
『シティーハンター』が不完全燃焼だったという思いを抱えたまま、北条先生は『こもれ陽の下で…』、『RASH!!』を連載しますが、いずれも短命に終わります。その後、少年誌から青年誌に連載の舞台を移し、家族愛をテーマにした『F.COMPO』を発表して好評を博しました。
「炎上」した『エンジェル・ハート』の異例の注意書き
そして2000年、北条先生は『シティーハンター』の担当編集者である堀江信彦さんとともにコアミックスを設立し、2001年に新雑誌「コミックバンチ」を創刊します。満を持して立ち上げた新連載が『エンジェル・ハート』でした。『シティーハンター』の連載終了から10年の歳月が流れていました。
『エンジェル・ハート』の主人公は、「香瑩(シャンイン)」という少女ですが、『シティーハンター』の冴羽リョウや「ファルコン」、「野上冴子」らが登場します。舞台も同じく新宿です。
「コミックバンチ」創刊号の表紙や扉部分には「続編」と銘打たれていませんでしたが、ファンなら「『シティーハンター』の続編が始まった!」と思うようなスタートでした。
しかし、間もなく読者は大きな衝撃を受けることになります。『シティーハンター』のラストでリョウと結ばれることになっていた香が、交通事故にあって脳死状態になっていたからです。
そして香から摘出された心臓は、瀕死状態だった少女スナイパーの香瑩に移植されていました。リョウは香瑩の父親役を引き受け、ふたりは疑似家族になります。『エンジェル・ハート』は疑似家族のなかで成長していく香螢とリョウの物語だったのです。
しかし、『シティーハンター』の頃からリョウと香の関係を見守っていたファンにとっては、到底許容できるストーリーではありませんでした。『シティーハンター』の連載時、北条先生はリョウと香のラブストーリーに重きを置いていませんでしたが、ファンはそうではなかったのです。作者の意図をファンの思い入れの熱量が超えてしまっていたといえるでしょう。『エンジェル・ハート』は一種の「炎上」状態になりました。
発売されたコミックス第1巻には、「『angel heart』は『city hunter』に登場する団体、人物、事件等には一切無関係です」「ようこそ、パラレルワールドへ!」という異例の注意書きが掲載されていました。「『C・H』の続編と勘違いして読まれて、不快感等をもよおした場合の責任は持ちかねます」という一文からも、『エンジェル・ハート』に「不快感」を感じた読者が多かったことが推測できます。
『エンジェル・ハート』1stシーズン1巻(ゼノンコミックス)
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当初は「リョウと香の子供」が主人公だった
では、物議を醸した『エンジェル・ハート』の設定はどのように出来上がっていったのでしょうか。また、最初から「パラレルワールド」として考えられていたものだったのでしょうか。
北条先生はインタビューで、当初は『シティーハンター』の「続編」を考えていたと語っています。『F・COMPO』連載前に、堀江さんと話し合っていたのは「リョウと香の子供を主人公にした続編」でした。しかし、『シティーハンター』の後、ヒット作がないまま続編を描くことに納得しなかった北条先生は『F・COMPO』を連載してヒットさせます。やがて「コミックバンチ」創刊の運びとなり、再び持ち上がったのが『シティーハンター』の「続編」の企画でした。
北条先生が描こうとしていたのは、ある少女の成長の物語です。そういう意味では、都市のスイーパーの活躍を描く『シティーハンター』とはまったく異なる物語になるのは自明のことでした。『シティーハンター』連載から10年が経っていたため、リョウと香をそのまま主人公にするという選択肢は最初からなかったといいます。
しかし、北条先生は頭を悩ませていました。「リョウと香の子供」を主人公にしようとしたものの、香と子供が同じようなキャラクターになってしまっては意味がありません。そして、北条先生は、リョウではなく香を描きたいとも考えていました。
そのとき、北条先生が別企画として考えていたのが「事故死した妻の心臓を女の子に移植して、夫と女の子が血のつながりのない親子になる話」でした。この設定を使えば、香が死んでしまっても、女の子を通して香の生き方や考え方を描くことができると考えた北条先生は、アニメ『シティーハンター』で香の声を演じた声優の伊倉一恵さんらに許諾を取ったうえで、『エンジェル・ハート』の設定を固めました。
「続編」でなくなったのはいつ?
「コミックバンチ」創刊時、堀江さんからは別企画を依頼されていたそうですが、北条先生のほうから『エンジェル・ハート』の企画を持ち込んだそうです。この時点で、北条先生のなかでは「続編」ではなく「セルフリメイク」になっていました。「リョウと香の子供」が主人公ではなくなった時点で「続編」ではなくなったと考えるべきでしょう。
しかし、連載が始まると、混乱してしまう読者が続出しました。当時について北条先生は次のように振り返っています。
「連載スタート時に出版社が『続編』と謳ってしまったものだから、話がややこしくなってしまったんですけど、『シティーハンター』とは設定が違う別の世界の話なんです。それを説明しようと思ってパラレルワールドという言葉を使ったら、ますます誤解を招いてしまって(笑)。要は作者自身によるセルフリメイクなんですよね」(ダ・ヴィンチWeb「『シティーハンター』から『エンジェル・ハート』完結まで!冴羽?が見守った32年間【インタビュー】」2019年3月1日)
『シティーハンター』の設定を使って、香の心臓を受け継いだ少女の成長と10年後のリョウたちの姿を描いた物語が『エンジェル・ハート』ということでしょう。『ルパン三世』第1シリーズと、年を重ねたルパンを描いた『ルパン三世 カリオストロの城』の関係が近いのかもしれません(『カリオストロの城』も公開時に「これはルパンではない」という批判にさらされていました)。
『シティーハンター』の「続編」ではなく「セルフリメイク」であり「パラレルワールド」であることを明確にした『エンジェル・ハート』は、香の存在やリョウと香の関係性に思い入れを抱いていたファンには受け入れがたい作品になったかもしれませんが、新たな読者を獲得してドラマ化、アニメ化もされるほどの人気作品になりました。
それはそれとして、新作のアニメ映画や実写化などの企画が動いている『シティーハンター』で、リョウと香の関係のその後が見たいというファンの気持ちも大切にされるといいなと思ってしまうのです。
※冴羽リョウの「リョウ」は、正しくは「けものへん+うかんむりなしの寮」。