動物? 神様? 妖怪? 化物? かわいらしいトトロの正体は、北欧神話の妖精。実は人間を捕食することもある、恐ろしい存在なのです。



『となりのトトロ』バス停で雨宿りをしているトトロとサツキたち(C)1988 Studio Ghibli

【画像】えっ、サツキでもメイでもない女の子? こちらは『となりのトトロ』ポスターです(3枚)

そもそもトトロって何者なの?

『となりのトトロ』といえば、「スタジオジブリ」のロゴマークにもなっているくらい、宮崎駿作品のアイコンと呼べる存在でしょう。森の主である「トトロ」は、クスノキの穴に住み、木の実を食べ、月夜にはオカリナを吹いたりもする、とっても愉快な生き物です。それにしても、その正体はいったい何なのでしょう。動物の一種なのでしょうか? ありがたい神様なのでしょうか? 恐ろしい妖怪なのでしょうか? 古くから伝わる化物なのでしょうか?

 その答えは、『となりのトトロ』の序盤で明らかにされています。「小トトロ」を追いかけてクスノキの穴に迷い込んだ「メイ」は、そこで巨大なトトロに遭遇します。名前をたずねても、トトロは雄叫びをあげるだけですが、その音の響きだけでメイは「トトロ」と解釈してしまいました。やがて妹を追いかけてきた「サツキ」に、メイはトトロの存在を告げます。サツキは「トトロって絵本に出てたトロルのこと?」と聞き返すのですが、まさしくトトロの正体とはトロル(トロール)と考えられるのです。

 トロールは北欧神話に登場する一種の妖精です。妖精ときくと、何やら人間に近しい、小柄ないたずらっ子というイメージがあるかもしれませんが、決してそんなことはありません。スカンジナビアの民間伝承によると、彼らは人間の居住地から遠く離れた山、岩、洞窟に住み、時には人間を捕食することもある危険な存在とみなされてきました。

 そのビジュアルも醜悪かつ凶悪なものが多く、ピーター・ジャクソン監督による『ロード・オブ・ザ・リング』では、オークたちが用心棒としてトロールを引き連れているという設定でしたし、『トロール・ハンター』という映画では、身長60mを超える巨大なトロールが登場しています。とてもざっくりいえば、「デカくて怖い化物」というイメージなのです。

 ノルウェーに生息する巨大な怪物を、宮崎監督は「優しくておおらかな生き物」と解釈して、昭和30年代の日本に登場させてしまいました。その剛腕ぶりには舌を巻くばかりですが、直接的なイメージはトロールというよりも、宮沢賢治の童話にあるようです。

「宮沢賢治で僕が一番好きなのはどんぐりと山猫なんだけど、あの山猫、読んでもなんだかわからない。(中略)挿し絵を見て、ものすごく気に入らなかったんです。こんな小さな山猫が立って出てくるーーあれは違うと思った。巨大な2メートルぐらいの呆然と立っててあらぬ方向を見ててね、その足下で小さなどんぐりがキイキイと走り回っている…そういうふうなものだと思ってた」
(文春ジブリ文庫 ジブリの教科書『となりのトトロ』より引用)

 おそらく2mある山猫はトトロの原型でしょうし、キイキイと走り回っているどんぐりとは「ススワタリ(まっくろくろすけ)」でしょう。宮沢賢治の童話の記憶と、北欧神話の妖精を結びつけることによって、『となりのトトロ』という傑作が生まれたのです。