著者は、新興メディアのニュースサイト「アクシオス」の中国担当記者である。決して安易な嫌中的立場ではない。
本書は中国の「権威主義的エコノミック・ステイトクラフト」(国家が政治的目的を達成するため、軍事的手段ではなく経済的手段を使って、他国に影響力を行使すること)を詳細に採り上げている。
最悪の例を紹介する。オーストラリアのモリソン首相がWHO(世界保健機関)で、コロナウイルスの起源調査について「独自調査」の推進を提案した。これを中国は自国への批判であると受け止め、オーストラリア産のワイン、牛肉などを実質的禁輸に追い込んだのである。中国は、この措置により「コロナウイルスの起源が中国である」との世界的な批判や、科学的解明の動きを封じ込めることに成功した。
ハリウッドでは中国を批判する映画は制作できない。ブラッド・ピット主演の「セブン・イヤーズ・イン・チベット」(97年)を制作した会社は、中国における5年間の上映禁止処分を受けた。
ノルウェーのノーベル委員会が劉暁波にノーベル平和賞を授与すると、ノルウェー産サーモンの中国向け輸出が激減した。こうした事態を回避するためには、国家も企業も中国批判を封じ込めねばならなくなる。
もっと恐ろしいのは「国家安全維持法」施行により、私たち日本人でも中国の核心的利益に反する言動を行えば逮捕状が発状される可能性がある。「地球上のすべての人にもれなく適用される」と米国の中国系弁護士は言う。これでは、中国でビジネスを展開している企業の経営者及び従業員は、中国外であっても、中国に対する一切の批判的言動を自主規制せざるを得ない。
こんなことをしていて、中国は国際社会で権威ある地位や尊敬を集められると考えているのだろうか。著者は「中国共産党の救いようのない衝動は、人類そのものを破滅に追いやるかもしれない」と言う。
中国が現在のようになったのは、新自由主義的考えから、国家が企業活動に関与しなくなったからである。企業は利益のためなら中国のルールにひれ伏すのである。これに対処するために著者は「民主主義的ガードレールの強化が必要である」と言う。権威主義国家のロビー活動の違法化、議員への献金排除、労働組合強化などである。
最後に、著者は中国の影響を「最小限に抑え込める道筋はすでに明らかになった。あとは本腰を入れて取りかかるだけなのだ」と強調する。11月に決まるアメリカ新大統領は、いったいどのような対中国戦略で臨むだろうか。その戦略を予測するためにも、本書は中国と関係するビジネスマンの必読書である。
《「中国はいかにして経済を兵器化してきたか」べサニー・アレン・著 秋山勝・訳/4180円(草思社)》
江上剛(えがみ・ごう)54年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)を経て02年に「非情銀行」でデビュー。10年、日本振興銀行の経営破綻に際して代表執行役社長として混乱の収拾にあたる。「翼、ふたたび」など著書多数。