赤い彗星、白磁の壺を愛する策士、ジオン軍ほぼトップの中将は、なぜ前線に出ざるを得なかったのでしょうか。細かく見ていくと、それぞれに「出ざるを得なかった」理由が見えてきます。赤い人を除いて。



初めこそ「戦力不足のなかガンダムを追う」無茶な任務のためにやむを得ず前線に出ていたシャアも、やがて「どいてください! 邪魔です」と言われるように。「RG 1/144 MS-06S シャア専用ザク」(BANDAI SPIRITS) (C)創通・サンライズ

【ザクから壺まで】こちらがアニメ本編では描かれなかったシャアやドズルたちの専用機などです(8枚)

現代の軍隊組織では「ジャブローのもぐら」が最もマトモ

『機動戦士ガンダム』のジオン軍につき、いちジオン兵士の立場から首を傾げるのが、お偉いさんたちが前線に出すぎる、MS(モビルスーツ)やMA(モビルアーマー)に乗って自ら戦いたがるように見えることでしょう。

 現代の軍隊組織においては、いかに指揮系統が機能しているかは戦争の行く末を左右し、兵力の劣った側が「まず相手指揮官を狙撃する」ことはセオリーになっています。巨大な軍事組織では指揮官こそが、手足となる兵士たちに命令を伝える脳や神経でもあり、その負傷や戦死は大混乱にも繋がるものです。また育成にかかるコストも高く、最も替えの利きにくいパーツでもあります。

 なのに、「赤い彗星」は通常の3倍速く飛んでいる場合なのでしょうか? 砂漠で試作型のMAに搭乗して白い悪魔と交戦していていいのでしょうか。自ら先陣を切って暴れるのは、将校というより『キングダム』に出てくるような武将であり、ここは春秋戦国時代かな? という感もあります。指揮系統を守るという意味では、後方の基地に引きこもって「ジャブローのモグラ」呼ばわりされていたゴップ大将が真っ当な軍人にも思えてきます。

 とはいえ、ケースバイケースに見ていけば、それぞれ「私自らが出る!」事情を抱えていることが分かります。

 まず筆頭に挙げられる「シャア・アズナブル」は、そもそも緒戦の「ルウム戦役」で5隻の軍艦を沈めるなど、前線で手柄を立てて上り詰めたタイプです。部下の「ジーン」も「シャア少佐だって、戦場の戦いで勝って出世したんだ」と言っているので間違いありません。

 しかも物語序盤では、ジーンらが返り討ちにされて手勢が減ったなか、上司の「ドズル・ザビ」から「ホワイトベースとガンダムの奪取または破壊」という無茶ぶりをされた上に、ザク3機の補充を頼んだものの2機しか回してもらえませんでした。もはや自分が「ザク」に乗って頑張るしかない、ブラック企業の中間管理職的な立場です。

 もっとも地球に降下した後は、親友「ガルマ」に居候させてもらう身であり、指揮官の責任からは解放されていました。ガルマのメンツを立てるため、そして通信回路に細工するため、ガウ艦内に留まっていたその期間こそが、もっとも「MSに乗っていない」指揮官らしかった、というのが皮肉です。

 が、上司をドズルから「キシリア」に乗り換えてからのジャブロー侵攻では、自ら赤い「ズゴック」で連邦軍本部の奥深くへと侵入しています。「突撃機動軍」に編入されていたので、作戦の内容やそれ自体は妥当なものとしても、すでに大佐になっていたシャアをその切り込み隊長にするキシリアも相当にイカれています。

 その後は機動巡洋艦「ザンジバル」を預かる身となり、「ドレン」の率いる「キャメル艦隊」とも共同戦線を張ろうとするほど(実現せず)、大戦略といわずとも戦局を左右する立場となっています。それほどの立場となりながらも、ジオン軍の兵士、将校ともに数を減らしているなかで、「ゲルググ」に乗り込んでアムロを付け狙うわけですから、単に「MSに乗って暴れたい人」とか「戦略より私情を優先する男」とかいった感じになっていますね。



手勢の人員やMSを失いすぎたために自ら最前線へ出る羽目になったドズル。ギレンがビグ・ザム1機しか送らなかったのも「自業自得」という当てつけか。「1/550 ジオン軍モビルアーマー ビグザム」(BANDAI SPIRITS) (C)創通・サンライズ

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連邦の白い悪魔を足止めしたマ・クベ、戦力を失いすぎたドズル

 それと引き換え「マ・クベ」は、「最も前線に出たくない人」のはずでした。初登場からまもなく試作型MA「アッザム」に乗って交戦していましたが、それは「前線」=「ガンダム」の方が殴り込んできたためです。

 たまたま「アムロ」が「ホワイトベース」から脱走した時に、たまたま近くに全世界で100以上もあるジオン鉱山基地のうちのひとつがあり、たまたまそこへ「キシリア」が視察に来ていたのです。激レアのガチャを一発で引き当てる、逆豪運の持ち主でしょうか。

 その後、地球上ではガンダムとホワイトベースを引き離すなど策略の限りを尽くしていましたが、よほど恐怖のガンダムと会いたくなかったのでしょう。

 さらに終盤では、自分用に開発させた特注MS「ギャン」に乗り、「テキサスコロニー」近くでガンダムに一騎打ちを挑んでいます。以前にアムロ=ガンダムが水爆ミサイルをぶった切った神業を見ておいて気は確かか、とも思えますが、岩石に砲塔を仕込んだり、コロニーの隔壁に爆弾を仕掛けたり、空中機雷を撒いておいたり、段取りの良さはさすがの策士です。

 何より、ただでさえジオン軍がジリ貧のなか、残り少ない兵力をすり潰すガンダムをたった1機で足止めしたことで、「ザク」や「ドム」は何十機か助かった可能性もあります。いろいろと問題行動もありましたが、最後は「MSに乗ること」こそが指揮官らしい振る舞いだったのです。

 最後に「ドズル・ザビ」は、いかつい顔や大柄な体格、勇ましい言動から「前線で戦う指揮官」のイメージがあるものの、少なくとも『機動戦士ガンダム』本編で乗った機体はMA「ビグ・ザム」だけです。とはいえ、中将という上に大将しかいない身分の人が、巨大メカを駆って地球連邦艦隊にカチコミしただけでも十分に強烈ではあります。

 ほぼジオン軍のトップという立場から、ドズルは「ビグ・ザムに乗る理由」を自ら作り出しています。優秀なゲリラ屋の「ランバ・ラル」を「ガルマの敵討ち」という戦略的に意味の薄い任務に派遣して失ったり(出世コースから外れていた人ではありますが)、部下のコンスコンは「リック・ドム」12機を使い潰していたりと、ソロモン攻防戦でパイロットやMS不足になるのも当然でしょう。

 ギレンに増援要請したのにビグ・ザム1機送られてきただけ、それにドズルはキレて「戦いは数だよ兄貴!」と名セリフを叫びます(劇場版第3作『めぐりあい宇宙編』)。戦争では一点豪華の質よりも量を求めることは全くの正論ではありますが、数を減らしたのはおまえの責任だよな? というギレンの含みもありそうです。

 ともあれこのように、マ・クベは「白い悪魔」(ガンダム)による犠牲を減らし、ドズルはソロモンからジオン兵が逃げる時間を稼ぎ、なんだかんだで指揮官の務めは果たしているのです。

 一方、一年戦争終盤におけるシャアの振る舞いは前述したとおり、アムロ&ガンダムのストーカーと化し、自ら最前線に出続けます。ザンジバルで、配下のパイロットやMSを損耗することもなく見事な采配を振るっていた頃のように、指揮に徹すべきだったのでは……。それは自分が援護するはずの「ララァ」に「大佐! どいてください! 邪魔です!」と言われたとき、本人が骨身に染みて思い知ったのかもしれません。