20時間の漁で、5匹しか網に掛からない日も
——ちなみに、どのような魚がどれくらい捕獲できれば、安心して生活できるぐらいの収入になるのでしょうか。
これはあくまでもぼくの場合ですが、一回の漁で、ヒラメなら50枚、ワタリガニなら60kgほどそれぞれ捕獲したいところです。
2018年に独立したばかりのころは、普通は夜中0時ごろに漁へ出て朝10時ごろ引き上げる漁師さんが多い中、ぼくは19時ごろから翌日16時〜17時ごろまで漁に出ていました。それを週に4回。独立から2〜3年後、一人で漁をすることに慣れるまでは、ヒラメ5匹しか獲れないこともありました。
——20時間以上漁に出て、たったの5匹……!漁師としての腕が未熟だった時期、どのように生計を立てられていたのですか?
むやみに出航しても経費(燃料代など)がかさんでしまうので、漁を控えて仕掛けづくりに専念したりしていましたね。あと、冬は吹雪で海が荒れるので、そもそも漁に出られる回数が減ります。七ヶ浜は海苔の養殖が盛んなので、地元の海苔店でアルバイトをさせてもらっていました。
——なぜ、挫折せずに、逆境を乗り越えることができたのでしょうか。
やっぱり漁師の仕事が好きだからですね。「次はどんな魚が揚がってくるんだろう?」という楽しみがあります。
あとは“獲れやすい魚”を必死に狙っていました。例えば、太刀魚やトラフグ。本来は南の海にいる魚ですが、温暖化の影響で七ヶ浜でも獲れるようになったんです。独立して2〜3年目以降、ようやく、漁師として安定して魚が獲れるようになりましたね。
ある真冬の早朝、初めて船が水揚げした魚でいっぱいになった時のことはよく覚えています。タラなどが、いつもの4〜5倍近く獲れたんですよ。それを仲買人さん(市場で魚を買い取る業者)に渡した時に、控えとしてもらった伝票は、今でも記念に大事に持っています。
1箱600円の“漁師のたこ焼き”が、1日150箱以上売れるヒットに
——2022年2月から、漁師としてはたらく姿をTikTokで発信されています。なぜ、発信を始めたのですか?
温暖化や、3.11の原発の風評被害で七ヶ浜の漁業が厳しい状況にあったことと、家で魚を食べる若者が減ったことを痛感したのがきっかけです。例えば水揚げした魚を近所の若い夫婦にお裾分けしても、「自分で捌けないので要りません」と言われることが多くて。それで、少しでも多くの人に七ヶ浜の魚に興味を持って、家で食べてもらいたいと思いました。
一方でぼくは、SNSに詳しいわけじゃないしデジタルも苦手。それで、若い人たちに広く届きそうで、かつショート動画を簡単に投稿できるTikTokで、漁業に関することを発信しようと思いました。
3本目まではほとんど反応がなかったのですが、4本目の動画がバズり、そこからフォロワーが増えていきました。
——TikTokでは、町の人たちとのコラボレーション動画も配信されています。地域の方々からどのようにして、「ハマ・ヨンジャ」としての存在を認められていったのでしょうか。
最初は「いい年して何やっているんだか」「どうせ続かないべ」という反応をもらうことも多かったですが、2023年6月にキッチンカーでたこ焼き販売を始めてから、徐々に受け入れてもらえるようになった印象があります。
たこ焼き販売を始めたのは、原発の風評被害で、水揚げしたタコに、それまでの3分の1ほどしか値段がつかない時期があったからです。自分で獲ったタコで、何か別の商売をできないだろうか?と考えて思いついたのが、キッチンカーでのたこ焼き販売でした。
——食品販売の知識がない中、どうやってキッチンカー事業を始められたのですか。
2022年の冬、知人のツテを辿って、静岡で“本場大阪のたこ焼き”をキッチンカーで販売している女性の元で修行をしました。冬は吹雪で海が荒れて漁に出られる日が少ないので、約2カ月の間に複数回、3〜4日間静岡に滞在したんです。キッチンカーや機材の購入コストはかかりますが、思い切って初期投資をしないと新しい商売はできないので。
キッチンカーには星さんの顔写真と「七ヶ浜漁師×本場大阪たこ焼き」という文字が印字されている。「一目で漁師のたこ焼き屋だと分かるインパクトをつけたかった」(星さん)
七ヶ浜でキッチンカーでのたこ焼き販売を始めたところ、夏祭りの時期が重なったのもあって飛ぶように売れました。夏祭りの日は、6個入りで600円のたこ焼きが一日150個〜200個ほど売れましたね。
——星さんのキッチンカーには現在もよく行列ができるそうですが、どんなお客さんが訪れるのでしょうか?
TikTokは今、若い人はもちろんお子さんも当たり前のように見ているので、隣県の岩手から来てくれるフォロワーさんや子ども連れの方が多いです。「やっと会えた!」「食べてみたかった」と言ってもらえるのはうれしいですね。本業の漁業でも、キッチンカーは夏のみ20回ほど出していて、タコを水揚げすればするほどキッチンカー事業に回せます。挑戦してみて悪いことは一つもなかったです。
——次々と新しい挑戦をされている星さん。キャリアに悩むはたらく若者の中には、「失敗が怖い」「上手くいかなかったら恥ずかしいな」という思いで新たな一歩を踏み出せない人も多いです。そうした思いを抱いたことはありませんか。
漁師は自然相手の仕事。「前向きでなければやっていけない」というのはありますが、もともと他人の評価は気にしない性格です。
というより、一旦他人の視線を意識すると絶対に気持ちが浮き沈みしてしまうから、ぼくは最初から「なるようになる。何を言われてもいい」と思うようにしているんですよね。すべては自分の心持ち次第だと思っています。
七ヶ浜の海は今後も温暖化の影響で変わっていくと思いますが、どんな逆境にも負けていない姿を、これからも発信していきたいですね。
(文:原 由希奈 写真提供:星佳久氏)