〈池上彰が見るアメリカの分断〉少数派に転落しそうな白人の焦燥感はトランプ再選への追い風となるか

今年11月にひかえたアメリカ大統領選挙の結果にかかわらず、アメリカはいつ内戦状態に陥ってもおかしくない危険性を孕んでいる。なぜそんな状況になったのか。そして、これからどうなっていくのか。

そんな疑問をひとつずつ解き明かした『池上彰が見る分断アメリカ 民主主義の危機と内戦の予兆』(ホーム社)より一部抜粋・再構成してお届けする。

移民の受け入れめぐる対立

民主党と共和党では、移民に対する考え方が大きく違っています。

民主党は、アメリカは移民によってできた国なのだから移民に寛容であるべきだ、というまさにリベラルな考えなのですが、一方の共和党は保守的で、正規の手続きにもとづく移民は認めるが、それ以外の不法移民は認めないという姿勢を示してきました。

しかしいずれにしても、多くの移民を受け入れ続けている国であることに変わりはありません。

アメリカの移民数は4500万人から4700万人で、そのうちの約1000万人は正規の手続きを踏んでいない不法移民だといわれています。その不法移民の多くは中南米からメキシコに入り、メキシコとの国境を越えてアメリカに入ります。中には国境沿いのリオグランデ川を泳いで渡る人もいます。

アメリカにはサンクチュアリ・シティ(聖域都市)と呼ばれる都市があります。ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどがそうで、不法移民を保護する都市や自治体のことです。通常、不法移民が警察に捕まると、その時点で不法入国者の取り締まりを行う捜査機関である移民・税関執行局(ICE)に通報されて国外退去などになるのです。

ところが、サンクチュアリ・シティは移民・税関執行局への通報を拒否しています。もし万引きで捕まったとしても、万引きの罪だけ問われて、不法移民であることはどこにも知らされません。さらに不法移民に運転免許の取得を認めるなど、生活を支援しているのです。ですから、国境を越えた移民たちは、このサンクチュアリ・シティを目指すのです。

またアメリカでは、国内で生まれた子どもは自動的にアメリカ国籍を取得することができます。そうなると妊娠している女性がアメリカに入ってきて、そこで出産すれば子どもはアメリカ国籍になります。アメリカ人の子どもの母親や父親は永住権が得やすいので、アメリカで出産を望む移民も多くいるのです。

2017年1月、トランプ大統領は、サンクチュアリ・シティに対し連邦資金を交付せず、速やかに不法移民を拘束し国外退去させるように求める大統領令に署名しました。しかし、サンフランシスコをはじめとするサンクチュアリ・シティは訴訟を起こし、大統領令の一時停止が認められました。

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ホテルを借り上げて不法移民を住まわせたニューヨーク

国境に壁をつくり、移民審査を厳しくし、さらにサンクチュアリ・シティにまで圧力をかけるようになったトランプ政権時代、不法移民の数は激減しました。1度国外退去の処分を受けると、移民申請はさらに厳しくなります。これを恐れて、アメリカに渡ろうとする人が減ったのです。

ところがバイデンが大統領になると、壁の建設を強く非難して凍結し、以前の受け入れ態勢に戻します。そうなると再び、中南米からの移民が大挙して国境を越えてくるようになりました。これにより国境沿いの州に混乱が起きます。不法移民はまず保護され、そこで移民や難民の審査とその結果を待ちます。

その彼らを保護するための施設がまるで足りない状態になったのです。テキサス州やフロリダ州の共和党の知事は「民主党の政策でこうなったのだから、民主党支持の多い都市で彼らを保護すべきだ」と、大量の不法移民をバスでニューヨークに送りつけました。

困ったのはニューヨークです。ニューヨークにも十分なシェルターがあるわけでもないので、施設の周辺に不法移民たちがあふれます。治安の悪化を懸念したニューヨークでは、ホテルを借り上げて、そこに彼らを住まわせる、ということまでしたのです。

日本では考えられないことです。私も現場に行きましたが、ホテルのロビーも周辺もベネズエラからの移民であふれているような状態でした。

保護された不法移民は、難民申請をしているので、審査を待つ間、働くことはできません。することはなく、英語も話せないとなると、自ずと犯罪も発生します。不法移民たちがたむろしてうるさい、との苦情に警察がやってきたところ、移民たちが警察官に襲いかかるという事件もありました。

2024年3月、私がニューヨークに滞在している間に、その様子をとらえた防犯カメラの映像がニュースになりました。こうなると、さすがに移民に寛容な街といえども、不安が広がります。

急激な不法移民の増加に、バイデンは副大統領のカマラ・ハリスを問題解決の担当に指名しますが、大きな成果はあがっていません。2023年、バイデン政権は凍結していた国境の壁の建設を再開することを決めました。議会が他の用途に使うことを拒否したからです。

あくまでも、すでに計上されている壁の予算を使うだけだったのですが、トランプは、「バイデンによって自分が正しかったと証明された」とSNSに投稿し、1500万人もの不法移民でこの国をあふれさせたことについて、自分や国民に謝罪するように求めました。

アメリカは移民によってつくられた国であり、移民の労働力によって発展を遂げた国です。だからこそ日本ではありえないような、移民に寛容な政策をとってきましたが、極端な白人至上主義が国の分断を拡大させているのです。