震災、コロナ禍、薬物依存、解離性障害…その時代ごとに日本社会にひそむ、さまざまな心の問題に取り組む精神科医・弱井幸之助の奮闘を描いた漫画『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』。8月31日からNHKにてドラマ化される本作について原作者・七海仁さんに漫画制作の裏側とドラマ化にあたっての見どころを聞いた。(前後編の後編)
「この国には苦しむ心を持つ人を待ち受ける甘い罠が多すぎる」
――ここまで『Shrink』の連載を続けてきて、ターニングポイントになったエピソードはありますか?
七海仁(以下同) どれも印象深いのですが、PTSD編(震災編)はやっぱり思い入れがあります。私の周りにも家族を津波で亡くした友人が何人かいて、10年以上経ったいまも時折つらそうな様子を見せることがあります。その心の傷をどうやったら癒せるだろうと考えはじめ、震災が起きたその場所でちゃんと話を聞いてみたいという思いから、震災編は始まりました。
――生き残った側が罪悪感を抱えてしまう「サバイバーズ・ギルト」という症状もこの漫画で初めて知りました。他にも、新型コロナウイルス編など社会的なテーマをしっかり描かれていることも『Shrink』の特徴だと思います。テーマはどのように選んでいるのでしょうか。
初期は一般的によく耳にするような疾患のほうが関心を持っていただきやすいかと、発達障害やうつ、双極性障害などを取り上げていきました。最近はそういった身近なテーマと、社会的なテーマをなるべく交互にやろうと思っています。例えば、8月19日発売の13巻では薬物依存症編が掲載されていて、その前のテーマはアンガーマネジメントでした。アンガーマネジメント編は、誰しもが持つ「怒り」の感情のコントロールという身近な問題だったので、反響がとても大きかったです。
薬物依存症は、日本では身近な問題でないと感じる人もたくさんいらっしゃると思うんですが、それによって社会が揺るがされている状況は確かにあるので、しっかり書きたいという気持ちがありました。
――薬物依存症編の取材では、当事者の方と話をする機会もありましたか?
回復支援施設の「八王子ダルク」でお話を聞かせていただいたり、当事者の方同士のミーティングも見学させていただいたりしました。
依存症の場合、もともと社会で居場所がなかったり、過去に受けた心の傷が発端となっていたりすることが多いのですが、それを癒してもらえる場所が少ないという現状があります。ダルクは、日本で生まれた施設ですが、実際に取材をさせていただいて、同じような体験をした仲間同士で互いに支え合う仕組みは、日本で薬物依存症を回復する過程ではすごく効果的なんじゃないかと思いました。
――コミックス10巻の解離性障害編に「この国には苦しむ心を持つ人を待ち受ける甘い罠が多すぎる」という印象的なフレーズが出てきますが、薬物依存にも通じる言葉だと思いました。
その通りだと思います。日本の場合、「仲間に入りたかった」とか「友達がいなかったときに誘われて」といった動機で薬物を始めるケースが本当に多いんです。なので、その寂しさにどう対応するかを考えることも大事なんじゃないかと思います。
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精神医療って、取り上げる側にも勇気のいること
――そしてこのたび『Shrink』がドラマ化され、8月31日からNHKで全3回の放送が予定されています。
本当にありがたい限りです。完パケのデータをいただいて観たのですが、NHKさんが全力でこのテーマに向き合ってくださっていると感じました。精神医療というテーマは、取り上げる側にも勇気のいるものですし、俳優さん、特に患者さん役を演じる方は、ある種の覚悟がいることだと思うのですが、みなさんの演技が本当に素晴らしかったです。
――特に主演の中村倫也さんは、弱井先生にぴったりのイメージだと思いました。
中村さんも本当にこのテーマに真摯に向き合っていただいて、セリフをご自分のものにするために専門書を10冊以上読んで臨んでくださったと聞きました。基本的にクリニックで患者さんを待つ存在で動きがそこまで多いわけではない精神科医という役柄ですが、その中でも声のトーンや仕草を丁寧に演じてくださり、「弱井だ!」って思いました。
土屋(太鳳)さんもそこにいらっしゃる空気が本当に温かくって。撮影見学に行ったときも、気遣って声をかけてくださるんです。その優しい空気感をまとってクリニックにいてくださることが本当にありがたかったです。お二方とも、本当に本当に、素敵な方で、ますます大好きになりました。
――ドラマ制作において、原作者として意見を求められることもあったのでしょうか?
シナリオについては、構成やセリフを一緒に練る機会をいただけて、いろいろお話をさせていただきました。原作を書くときと同じように、医療従事者としてできる限り誤ったことはしないことと、患者さんの症状を大げさに描かないようにすることはしっかりとお願いしました。
――そこは尊重していただけましたか?
そうですね。当然、ドラマ制作側にもさまざまな事情がおありなので、いい意味での衝突や議論は必要なことだと思いました。何回もやり取りをさせていただきながら、一緒に落としどころを探っていくことができたと思います。